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大学のある三島市って?

2015年04月16日

三島の空中散歩? 三島大吊橋

旧東海道の趣が残る松並木の道を箱根方面へ
一路大吊橋を目指してみました。



三島大吊橋は、箱根西麓に架けられる全長400mの吊り橋です。
歩行者専用吊り橋としては日本最長です。
 


下からはなかなか吊り橋の様子が見れませんでしたが
箱根西麓野菜を作っている小高い丘に登ると
ブルーシートに覆われた支柱を発見!





工事現場周辺の様子です。
 

 
工事車両と比べると、橋の巨大さが実感できます。
でも、橋の幅は、車椅子で擦れ違えるくらいなのだそうです。
 

 
場所は東海道道標笹原新田の辺り、完成は今年12月の予定だそうです。
 
↓橋のすぐ近く立つ道標
 

 
『箱根西麓・三島大吊橋』
雄大な富士山から駿河湾までが一望できる新名所として期待されています。
 

 

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2015年03月27日

聖徳太子と三島市

三島広小路駅のすぐ近く
賑やかな通りの喧騒にまぎれて
「聖徳太子堂建設碑」と刻まれた石碑があります。



その隣の路地の奥は、通りとは打って変わって静寂な
蓮馨寺の佇まいで、
その敷地内に聖徳太子が祀られたお堂がありました。





手前の石柱には大正十一年にお祀りしたと記されていますが
平成二十二年に建立された、まだ新しい聖徳太子像もあり、
聖徳太子信仰(太子講)が今でも続いていることがわかります。





三島は、江戸時代には東海道の宿場として繁栄を極めましたが、
明治以降になると、北伊豆の経済の中心地として
様々な業種の職人が多く活躍しました。
 
聖徳太子は曲尺を発明したことから、大工さんの守り神として
全国で信仰を集めていましたが、
転じて、様々な職人を守る神様として
三島でも職人を中心に「太子講」が盛んでした。
 

 
今では耐えてしまった染物屋、曲げ物、
中でも和傘は、最盛期の昭和2年には
年間の生産量が10万本にも上る一大産地を築きました。
昭和30年代まで、水上や広小路西側の田には
和傘を干す光景が見られたそうです。
 
下は三島郷土資料館に展示されている三島の職人の資料です。

和傘職人





大工



染物(紺屋)織物



和菓子職人



現在の太子講は三島聖徳太子会と名前を替え、
建築関係の組合衆などで
変わらない信仰を集めています。
 

 
聖徳太子堂は、三島の疎水源兵衛川の上流域すぐ隣です。
 

 

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2015年03月25日

菜の花の名所と桜の便り

大学のある三島市から南へ10kmほど下がった辺りの
菜の花の名所です。



春休みに入って、いちご狩りのハウスの前は車でいっぱい。



ここは伊豆の国市(旧韮山町)
三島市とゆかりが深い江川英龍(ひでたつ。
通称江川太郎左衛門または江川担庵)の屋敷など
名所・旧跡が多いことで知られています。

映画のロケによく疲れる江川邸の表門です。





江川太郎左衛門については
世界遺産登録を目指している韮山反射炉と合わせて
後日また詳しく取り上げます。





美しく手入れされた庭の奥のしだれ桜も今週末くらいが見頃かも知れません。


 
↓しだれ桜のアップです。少し小振りで色が淡くて可憐な印象です。 

江川邸はソメイヨシノの名所としても知られています。
来週くらいが満開の見頃を迎えるかも知れません。
 
春うららの伊豆の国市。
ソメイヨシノよりもひと足早く
コヒガンサクラが満開でした。
 

 

 
伊豆の国市は三島広小路駅より伊豆箱根鉄道「韮山駅」または
下田街道を南に車で30分です。

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2015年02月27日

三島ジオパーク:白滝公園と源兵衛川

普段は季節の風物詩や水をたたえる美しい景観として紹介される
三島市内の白滝公園と源兵衛川ですが、
今回はジオパークとしての特徴を中心に
撮影してみました。

市内の各所に置かれている、街中のせせらぎの案内です。
この地図では少し見にくいですが、(画面左側)
それぞれのジオパークはせせらぎでつながっています。


 
まず、桜川沿いの水上の小道を通って、白滝公園へ抜けます。
桜川は菰池から流れ出る湧水で形成された川で、
白滝公園へそして市の東南へと流れている
三島市を代表する川のひとつです。
 

  

 
初夏になるとここで水遊びをするほど豊かな水量をたたえるのですが、
この季節、まだまだ湧水は少ないです。
 

(水の多い時期の桜川)↓
 

 
そして白滝公園は、シーズンに向けて川底の整備の真っ最中でした。
  

 
水の豊かな時はつい見落としがちですが、
足元を気をつけてみると、
富士山が噴火して出来た溶岩台地がそのまま残っています。
 

 

 

 

 
いつもは青々とした葉が茂っている林も、
落葉してこのとおり。
自然の姿がそのまま、町の中心部にも残っています。
 

 
下にいる人と比べるとその樹木の高さが分ります。
 

 
次に、
先に紹介した小浜池からの水が注いでいる源兵衛川です。
 

 

 
川の中を歩いて移動できるプロムナードも作られ、
三島市内ではもっとも人気の高い川のひとつです。
原風景、原体験を取り戻したいという市民のみなさんの、
一昔前からの努力の甲斐あって
こちらも、自然の姿がそのまま残されています。
 
水量が少ないので、景観の美しさではいまひとつのこの時期ですが
三島ジオサイトとしての観察には良い季節かも知れません。
 

 

 

 
昔々の風情を今に伝える源兵衛川です。
 

 

 

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2015年02月24日

三島ジオサイト:菰池公園の案内看板

今月紹介している三カ所の三島ジオサイトは
三島駅の南、徒歩5〜10分圏内にあるのですが、
約一万年前の富士山の噴火で流れた溶岩で形成された
三島市北部大地の最南端にあたります。



菰池公園にも、伊豆ジオパークの案内看板をみつけたので、
今回は分割して、少し詳しく撮ってみました。
 

 
大學のある三島市は、伊豆半島の玄関口ですが、
伊豆半島がかつては南の海にあった火山島や海底火山の集まりだったというところから
話はスタートしています。
 

 

 
↓伊豆半島誕生の歴史
 

 

 

 
現在の三島市が
湧水の豊かな美しい街としてあるのは、
こうして伊豆半島が本州にぶつかることで集った
火山の活動で形成された富士山の恵であることも、
図でわかりやすく解説されています。
 

  
水の都三島市の湧水スポット。
春を迎えると、市民のみなさんはもちろん
観光で訪れるたくさんの方達や、他の生き物たちで賑わいます。
 

  

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2015年02月20日

三島ジオサイト:菰池公園

先月、ジオサイトとしての三島市立公園楽寿園を紹介しましたが、
今月は残りのジオサイトを尋ねてみました。

三島市内にある3つのジオサイトのひとつ、菰池公園です。



菰池公園はその昔、マコモ(真菰)が多く群生した湿地帯だったので
この名前がついたと言われていますが、
大正時代頃から人が集り始め、
現在はこのように中心市街地になっています。

菰池公園への道



池周辺



以前は池のあちらこちらから湧水が湧き出るのが見られる
比較的大きな池でしたが、
最近、噴水の整備とともに池が塞がれ、また様子がかわりました。

今は季節柄噴水は止まっていましたが、
温かくなると、ここに様々な弧を描いて、
水が噴き出します。





以前を知る人からみれば大分姿が変わってしまいましたが、
菰池の一部は今も残されており、
澄んだ湧き水に鯉が泳いでいました。
 

 

 
池を渡る桟橋も残っていました。
 

 
気候が良くなって来て、猫達も日向ぼっこの日。
  

 
この菰池公園にも伊豆ジオパークの看板が建っていました。
丁寧な分りやすい解説が書いてあったので
今回は細かく撮影して、伊豆ジオパークについての詳細を
紹介してみます。
 

 
→つづく
 

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2015年01月29日

楽寿園から源兵衛川へ(伊豆ジオパークの続き)

ジオパークとは、(地球の営みが感じられる)大地の遺産を
その土地の人々が保全していて、それを教育に役立てており、
大地の遺産を楽しむこと(ジオツーリズム)が地域の経済を持続的に活性化している・・・。
日本ジオパーク委員会では「大地の公園」という言葉を使っているようです。
(ウィキペディアより)

「伊豆ジオパーク」をウィキペディアで見てみると、

三島ジオサイトとして
楽寿園の溶岩流や湧水・源兵衛川、菰池、白滝公園の湧水が挙げられています。

楽寿園でジオパークとして最も分りやすいのが小浜池です。
 
写真のゴツゴツした岩は、
約一万年前の富士山の噴火の際に流れ出た溶岩で
楽寿園はこの溶岩流の最終到達地点なのです。
 

 
この池は元々枯れることのなかった湧水で満水でしたが、
昭和30年代中頃から上流地域の地下水の汲み上げ量が増加すると共に水位が低下して
1年を通して満水になることはありませんが、
最近では平成23年9月に満水になったそうです。
(三島市立公園楽寿園パンフレットより)
 
こちらの写真は、平成23年11月の小浜池の様子です。


 

 
小浜池周辺の「あやめ池」や「緑が池」には水が来ており、
水鳥の遊び場になっていました。
 
あやめ池
 

 
みどりが池
 

 
小浜池の水の流れを追っていくと、
南出口から外に出て、宮さんの川(蓮沼川)そして
源兵衛川へと流れていきます。
 
楽寿園の南出口です。(ここは出口専用です)
 

 
出口を出ると、楽寿園の湧水は蓮沼川(通称宮さんの川)になり
 

 
そして初夏になると街中をホタルが飛び交うほど水の流れが美しい
源兵衛川が、蓮沼川と平行に流れています。
 

 

 

 
今回の散策でお目当てだった南出口にある梅の花は
今年は遅いのか、まだまだ堅いつぼみでした。
 

 

 

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2015年01月27日

おすすめ散策コースにみつけた伊豆半島ジオパークへの取組み

大学のある三島市では、
市内の自然や名所、旧跡を様々な目的別ウォーキングマップにして
ホームページや印刷物、アプリなどで紹介しています。

1月はこの中の「おすすめの6散策コース」から
『冬』を選んで歩いてみました。



スタート地点、三島駅南口です.



昨年、改修工事を終えたばかり。
富士山と三嶋大社をイメージして「中部駅百選」に選ばれた三島駅の特徴はそのまま残されました。



全国でも珍しい、駅前にある「うるおしの水琴窟」です。

水を少し流して、耳をあてると
駅前の喧騒の中でも水琴窟の透き通った音色を聞く事ができます。
周辺の環境整備とあいまって、
目で見て、触れて、耳で聞いて水を感じる
水の都三島ならではのオブジェです。
 

  

 
夏場は緑(グリーン)や花に気を取られて目立ちませんでしたが、
“Welcome to Izu Peninsula Geopark” の看板が建てられていました。
 
昨年の、阿蘇(熊本県)の世界ジオパーク認定に続けということで、
伊豆半島もいよいよ本格始動です。
 

 
そして、駅前にある三島市立公園楽寿園。
 

 
燦々と太陽の光を浴びる雪だるまのオブジェと
その回りに植えられたたくさんの花々が
春を待ち望んでいるかのようです。
 

 

 
ここにも、伊豆ジオパークの看板を発見!
富士山から三島市へ溶岩が流れてきた様子がよくわかります。
 
地球の活動を感じて学び、楽しめる公園。
三島市は伊豆ジオパークの入口でもあります。
 

                                          
           
常緑樹の林あり、
 

 
すっかり落葉した中庭もあり、
 

 
動物もいて、子ども達の遊ぶ場所もあり、
 

 

 
そして昨年、三島市を舞台に繰り広げられたテレビドラマを思わせる
顔出し看板もありました。
 

 
この季節も楽寿園は様々な風情を楽しませてくれます。
 
→つづく

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2014年11月21日

ひっそりと祀られた護良親王の首塚

三島市とその周辺には、
日本史の教科書に登場する歴史的な重大ニュース(TOPICS)にまつわる
名所・旧跡が多く点在しています。

これは、三島市の隣、清水町を流れる
黄瀬川のすぐ近くにある智方神社です。





建武二年(1335年)、
室町幕府の成立前夜に
政変の犠牲となって殺害された後醍醐天皇の息子である
護良親王の首塚が祀られているという言い伝えが残ってます。



この神社の由来には、
『殺された護良親王の首を棺に収めて
足柄街道(後の東海道)を中央(鎌倉)まで運ぶ途中に
黄瀬川が水が出て渡るのが困難だった。
やむなく川岸で休憩して棺の中を確かめたところ
時節柄首を鎌倉まで運ぶのは困難と判断して
この地に逝けて、目印として楠を建て、
足利軍の目に止まらないように、白馬伝説として言い伝えた』
 
ということが書かれています。
白馬伝説とは白馬=白旗=源氏 を意味する物だそうです。
 
下の写真は、言い伝えに残っている目印の楠です。
郷土を代表する小説家の故・井上靖が、
中学への行き帰りにここで休憩したというエピソードも残っています。
  

 

 

 
そして、とても簡素ですが、これが護良親王の首塚です。
 

 
調べると、護良親王の墓は鎌倉市にも祀られ、
また、山梨県都留市でも祀られているそうです。
智方神社の言われの中にも記述されているように
政変のただ中、
事の次第について明確な文書も残すことが出来なかったのかも知れません。
 
智方神社の隣となりには高尾山穂積神社が祀られています。
  

 
全国の神社の分社も。
 

 
そして、綺麗に清掃されている広場
 

 
今から約680年前の7月の出来事を今に伝える
智方神社です。
  

 

 

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2014年11月10日

頼朝義経の対面石(清水長泉総鎮守の八幡神社)

三島市にゆかりの深い源頼朝公にまつわる名所旧跡のひとつ
対面石の残る、清水長泉総鎮守・八幡神社へ行ってきました。
 

 
こちらは、旧東海道に面した表参道で
春、桜が満開になるとすばらしい景観で
町の人々や訪れる人を楽しませてくれそうです。
 

 

  
太鼓橋の先に境内案内図があります。
この神社の創立年代は未詳ですが、
源頼朝が社殿の再建と境内の整備などを行ない、
その後、徳川家康が1591年(天正19年)に
東海道をそれまでの足柄越えから箱根越えに改めた時に
八幡大菩薩と刻んだ御神刀を奉納して
天下太平を祈願したという言われが残っています。
 

 

 
整備された境内はいつも清掃されていて
今でも大切におまつりされている様子がわかります。
 

 

 

 
本殿はお参りに来た人のために扉が自動で開閉する
珍しい仕掛けでした。
  

 

 

 
本殿の裏へ廻ると、建物を風雨から守るためでしょうか、
社を大きく囲った建物との二重構造になっていました。
  

 

 
手書きで記された例祭(神社の行事)に、氏子のみなさんの篤い崇敬が感じられます。
 

 
さて、本堂左奥の対面石です。
兄頼朝の平家追討を加勢しようと東北の地からかけつけた義経が
この地で対面して平家打倒を誓ったのは
日本史上あまりにも有名な話で
この石を目当てに歴史好きの人々がしょっちゅう尋ねてくるそうです。
 

 

 
こちらの対面石の看板は神社を中心に道路脇に何枚も見かけます。
みかけたら看板に書かれた矢印の方向に曲がると、
ほどなく神社が見えてきます。
 

 
旧東海道沿い、源頼朝義経ゆかりの八幡神社は
国際関係学部から自転車で20分です。
 

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2014年10月28日

夢舞台・東海道道標と松並木

東海道ウォーキングを楽しむ人にとって
静岡県内で頼りになる道標といえば、
「夢舞台・東海道道標」です。



2001年の東海道四百年祭の時に、
静岡県内22宿場への案内として随所に建てられたものですが、
一本の道標に様々な情報が詰まっています。

全体像は



上部には東京(江戸)ー京都間のどの辺りに位置するかを示すグラフがついていて



そして観光案内と



宿場町までの距離が記されています。



この道標がある清水町長沢の松並木は
江戸時代(1604年)に五街道をはじめとして主要な街道の両側に植えられた当時のもので
距離的には50メートルも残っていないくらいですが、
松はとても大きく、堂々たるものです。



画面中央が遠くから眺める松並木です。
 

 
近づくと、こんなに太くて立派です。
 


夏は木陰を作り、冬は積雪を防ぎ、道ゆく人を守るのが目的で整備されたそうですが、
今は保存樹木として大切に管理されています。







今では知る人も少なくなりましたが、
この道は、三島から沼津まで路面電車も走っており、
昭和の中期くらいまでには、
こちらの黄瀬川を渡る橋に向う坂道にも
松並木が長く残っていたそうです。



街道沿いの松が当時の東海道を偲ぶことのできる
数少ない史跡として大切に保護されています。


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2014年10月24日

もうひとつの柿田川 〜柿田橋記〜

 
三島市の近隣、清水町にある柿田川は
しばしばテレビなどのメディアでも取り上げられ
一年中たくさんの観光客で賑わいますが、
今日は少し下流へ下った裏側から尋ねてみました。
 

 

 
水位観測器がつけられている階段を下ると、
 

 
川というよりも透明な湖のような柿田川の川面へ出られます。
 

 

 
今の柿田橋も下から臨むとこんな風です。
 

 
実はこの柿田橋の向こうに、古いめがね橋として作られた
もう一本の柿田橋があるのはあまり知られていません。
 
これが、寛文11年に作られた最古の柿田橋の姿です。
 
▼上流から見た柿田橋
 

 
▼下流から見た柿田橋
 

 
今は草むらのようになっていますが、
近づいてみると石造りの橋で
橋の幅は人がやっと擦れ違えるくらいの狭さです。
 

 

 
上からみるとこんな姿です。
 

 
柿田川の隣にある柿田橋記という碑文によると、
深い地隙の谷の柿田川には道もなかったので、
寛文11年(1671年)、僧侶が托鉢して集めた資金で
このめがね橋が作られたのが最初であることが記されています。
  
それでも、坂が険しく橋が危なかった事から
人や馬が多く川に落ちて命を落とし、
両岸に暮らす人々がこれを憂いて供養塔をたてる程だったので、
 

 
その後明治17年(1884年)になって木橋が架けられました。
すると、
今度はその橋の維持策がなくて、朽ちて道が廃れてしまった。
 
そこで
昭和6年にこの地の久保田隆作氏が巨額の資金を投じて、
鉄筋コンクリート作りの橋を完成させたということです。
 
久保田氏の胸像と柿田橋記
 

 
『最初に橋が出来てから実に260年かけて初めて交通の安全を得た』
としめくくられている碑からは
交通の要所を隔てる碧水美しい柿田川を相手に、
実はかなりの苦労があったことが偲ばれます。
 

 

 

 
こちらの柿田川を尋ねるには、
清水町役場隣の小さな町営駐車場が便利です。
 

 

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2014年10月20日

二つの一里塚

本県に隣接する神奈川県から
箱根を越えて旧東海道を車で下って三島を目指すと
思ったよりもずっと早く市内まで到着します。
 
様々な言い伝えや昔ばなしとともに、
東海道の名残が随所に残っているのも三島市の魅力です。
 
この日は三島市の近隣市町にあたる清水町に
一里塚を尋ねてみました。
 

 
高札によると、
一里塚は慶長9年(1604年)江戸時代に築かれた道標で
一里ごとに道の両側に半球状に土盛りをして
頂上に榎の木を植えたものが標準形だったそうですが、
この宝池寺の一里塚は当時の定めに忠実に
昭和60年に復元されたものです。
 

 

 
この一里塚と対になっているのが
道を隔てて向い側にある玉井寺の一里塚です。
こちらは
その半球状の土盛がわかりにくくなっていますが、
昔のままの形を今に残している貴重な一里塚です。
 

 

 
現在の一里塚は三叉路で、やはり交通の要所です。
 

 
先に紹介した宝池寺一里塚は
寺の境内に「立場」と呼ばれた茶屋があって、
道行く旅人に湯茶のサービスをしていたと伝わっています。

立場のあった、宝池寺の境内です。
 

 

 
玉井寺と宝池寺
 

  

  
道の両側ふたつの寺に備えられた一里塚です。
 

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2014年09月30日

境川・清住緑地

先日紹介した千貫樋が架かる境川に
境川・清住緑地と呼ばれる湿地帯があるのをみつけました。
 

 
三島市と清水町の境、市街地にありながら、
湧水や様々な動植物が生息する
豊かな自然環境が残っています。
 

 

 

 
緑地帯は散策できるように整備されており、
自転車で走り抜ける人も見かけました。
 
 
 

 
この日はパンフレット入れも空っぽで
そろそろシーズンオフでしょうか
 

 
この緑地帯のすぐ隣には
古く奈良時代からの由来が残る丸池があります。
 

 

 
丸池と境川が合流して
狩野川へと流れは注がれているのだそうです。
 

 
これからますます空が青くなり
水のある風景も、ますます美しさを増す季節になります。
 

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2014年09月17日

三島市木町観音堂(三島夏まつり番外編)

先の三島夏まつりで登場した西本町のみなさんが
まつりの準備で集っていた観音堂です。
 

 
境内に入ると右側にたくさんの観音像が置かれていました。
 

 

 
これらたくさんの観音像は西国(さいごく)33カ所観音像で、
弘法大師西国33カ所巡礼に行けない人は
ここでお参りをすますことが出来るということで祀られました。
 
観音堂の正式名称は福聚山慈雲院と言い、
元々は小田原北条氏の守本尊で現在の神奈川県にありましたが
その後、下田の横川へ移り、そして1592年に
北条家の家臣によって三島の木町に移されて
三島の人々が木町観音堂と呼んで親しんできたそうです。
 

 
手水場にはこんな手書きの札も・・・
 

 

 
境内の右側には『言成地蔵尊』が祀られています。
『言成地蔵尊』を紹介するのはこれで二つ目ですが、
(もうひとつは東本町で小菊を供養している)
江戸時代に無礼打ちされた幼い小菊の母親がここ木町の出身で、
母親の悲しみと悔しさを和らげたいと念じて
町の人が建てたと伝わっています。
  

 

 
三島の、人情味豊かな町の成り立ちを今に伝える
木町観音堂です。
 

 

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2014年09月12日

千貫樋(せんがんどい)

千貫樋は、戦国時代(1555年頃)に作られた水道橋のような建造物で
三島市内の小浜池の湧水を灌漑用水として清水町に送るために
境川の上に架設されています。





以前は県道沼津三島線を歩けば平行している千貫樋を見ることができたそうですが、
今では建物が建ってしまい、探さないとわからないくらいになっています。



この社は水をお祀りしたものでしょうか、
千貫樋の上に建てられています。





残念なことに
この場所の町内の案内図には千貫樋が記されていません。
長い年月の間にこの歴史的建造物は人々の暮らしの中に
小さな用水路として溶け込んでしまったかのようです。



道路の上に立って右手には川が流れ、
左側は塞がれて建物が建っています。





千貫樋の交差点に建てられた看板によると、
天文24年 今川、武田、北条三家の和睦が成立した時に
北条氏康から今川氏真に聟引き出物として小浜池から長堤を築き、
その水を駿河に疎通させたという説が一般的に認められているようです。

はじめは木樋だったものが
大正十二年の関東大震災に崩落して
現在の鉄筋コンクリート造りになったそうですが、
それからも更に91年経って、傷みが進んでいます。



この日は千貫樋の橋脚を見つける事ができませんでしたが、
市内加屋町のあたりを探すと橋脚が見える場所があるそうです。

ちなみに、千貫樋の名前の由来として
1 架設の技術が優れていて銭千貫に価するから。
2 この用水が、石高千貫の田地を潤しているから。
3 建設費が銭千貫を費やしたから。
の3つの説が伝わっています。

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2014年08月22日

今年も三島夏まつり2014 (その3)


当番町では、
山車の引き廻しに車を止めて誘導する『交通部』や
山車が通る2、30分前に
他の町内に入らせてもらう為の挨拶をする『渉外部』
食べ物、飲み物、おしぼり等を手配する『給食部』
その他『婦人部』などの係があります。

『渉外部』のみなさん


 
『交通部』のみなさん


 
『給食部』のみなさん


 
猛暑の最中、これら係の方が十分にケアしてこその
山車の引き廻しです。
 

 
今年も厳しい暑さの中、
源兵衛川で休憩をとりました。
 

 

 

 


山車を引く綱は本当に長く、
片側20メートル以上、
全長50メートルはあるかと思われます。
 

 

 
大人も子どもも一緒になっての引き廻しです。
 

 
西本町内に支店のある
三島信用金庫の皆さんの助っ人もありました
 

 

 
御輿会
 

 
音楽祭
 


今年は俳優の永井大さんが頼朝公に扮した
頼朝公旗揚げ出陣式・行列
 

 

 
パレードの実況は、アニメ『ONEPIECE』のルフィ役で人気の
声優 田中真弓さんでした。
 

 
農兵節やみしまサンバパレードも晴れやかに実施。
お天気に恵まれ、多いに盛り上がった、
三島夏まつりでした。
 

 
また来年が楽しみです。
 

投稿者: |

2014年08月21日

今年も三島夏まつり2014 (その2)

 
まつりの朝は、出発前に山車を囲んで
お神酒をいただき、まつりの無事を祈ります。





山車の動力は「人力」で
つながれた綱を皆でひっぱって動かします。
 
山車の前には「梃子(てこ)」と呼ばれるしかけがついています。
小さな力を大きく
小さな動きを大きな動きに変える仕組みで
慣用句「てこでも動かない」などに使われる「テコ」です。
 
メインの本通りまで皆で山車を引きます。









山車の上です。
かなり高いのがわかるでしょうか。





写真の手前になる金の像は
山車の上に設置された恵比寿像です。



それから、
6つの当番町の山車は三嶋大社前に集って、
1台ずつお祓いを受けます。









大社前に設置された子どもシャギリのステージからの一枚です。
子ども達はこんな光景を眺めながらシャギリを演奏します。



夜になるとますます華やかに盛り上がる
三島夏まつりです。

















(その3につづく)

投稿者: |

2014年08月19日

今年も三島夏まつり2014 (その1)


毎年このブログでも紹介している三島夏まつり。
今年は8月15、16、17日の3日間で
過去最高の人出を記録しました。



今回は、当番町西町地区6町内の中から
西本町の皆さんにご協力いただいて、
『当番町の三島夏まつり』を紹介します。


(西本町の皆さん)

<8月14日:まつり前日>
午前中は祭典本部の設営です。

西本町の祭典本部は、町内にある
小田原北条氏の守本尊と伝わる、由緒ある木町観音堂に作られます。
祭典本部では、食事や飲み物をふるまったり、直会(なおらい)をしたり・・・
当番町ごとに祭典本部があるそうです。





そして午後からは近所の空き地で山車(だし)をしつらえます。







写真から推定すると、西本町の山車はてっぺんの恵比寿さんまでで
高さ5.5メートルくらいでしょうか。
 



 
出動体勢を整えて、完成です。
 

 
(その2へつづく)

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2014年07月25日

三島夏まつりが楽しみです。(その1)

このブログでも毎年お知らせしている三島夏まつりまで
あと一ヶ月を切りました。

市内のあちらこちらでしゃぎりの練習の音が聞こえています。

写真は7月18日の午後8時半すぎ、
三島西小学校のグランドで見つけた祭りの当番町の練習風景です。

この日はシャギリに使われている楽器を見せていただきました。









三島夏まつりには当番町制度があります。
市内を6町ずつのグループに分けて、6年に一度当番町を担当するのですが、
担当の年には、伝統ある三島山車を引いて通りに繰り出します。
 
三島夏まつり山車シャギリ実行委員会のサイトによると、
三島市内には29台の山車があるそうです。
(14台は当番町が引き、残りは大通りに配置)
 
(三島夏まつり山車シャギリ実行委員会のサイトはこちら
 
▼昨年、三島大社の横に据えられた三島山車

 
練習は夜7時頃から、20名くらい集って、
金曜、日曜の週2回行われています(西本町の場合)。
練習日や時間は、当番町によってそれぞれ独自に決められています。
 
この時期、夕方から夜の市内をそぞろ歩くと
あちらこちらから三島シャギリの音が聞こえて、風情があります。
 
▼カメラの関係で暗く写りましたが、
実際にはもっと明るい中での練習です。

 

 

 

 

  
毎年たくさんの人が訪れる三島夏まつり。
今年は、頼朝公役に俳優の永井大さんが決定しています。
 

 
三島夏まつりは、8月15、16、17日です。
 

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2014年06月18日

「ガーデンシティーみしま」ってなに?

しばらくぶりに訪ねてみた観光案内所には、
「ガーデンシティーみしま」ののぼり旗でいっぱい。
 

 

 
「ガーデンシティーみしま」は、
豊かな水や富士山の恵といった、
古来からある町の宝に、花を取り入れて
三島市をより魅力ある町にしようという新しい取り組みだそうです。
 
休園日の三島市立公園「楽寿園」でも
花の衣替え・・・。
 

 

 
三島市立公園「楽寿園」は、JR三島駅前。
明治23年に皇族小松宮彰仁親王の別邸として造営され、
昭和27年から三島市が管理運営を始めた歴史ある古い自然公園です。
こちらが正門です。
 

 
「ガーデンシティーみしま」プロジェクトで、
三島駅前はもちろん、町の目立つところに
大きな花のオブジェが創作されて
新しい魅力づくり計画は着々と進められているようです
 
駅前のオブジェ
 

 

 
三島市民文化会館 ゆうゆうホール前
 

 

 
道路標識のあるわずかなスペースに
 

 

 
親水公園の木立の下に
 

 
楽寿園の正門が面している芝町も
再開発の計画が進んでいるようです。
 

 
大学のある三島市は、
古き佳きものを大切に
いつも新しい進化を求めている町です。
 

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2014年06月09日

ほたるフェスタin三島は今週末です

 
JR三島駅から歩いて5分
中心市街地でホタル鑑賞ができるのは
水の都・三島ならではの初夏の風物詩です。
 

 

 
三島のホタルまつりは1985年からスタートし、
今年で30回を数えます。
 
「三島ホタルの会」の公式サイトによると
長年の幼虫の放流や市民団体の努力の結果、
源兵衛川は、日本で最も早い時期にホタルが発生する
場所のひとつになったそうです。
 

 

 

 
ホタルフェスタの会場のひとつ
三島市立公園楽寿園の南出口の辺りに
ほたるの里があります。
 

 

 

 
ここから続く
蓮沼川(通称宮さんの川)にも
ホタルが棲息しています
この界隈を中心に、ほたるフェスタが開催されます。
 

 

 
今年初めてホタルが見られたのは先月の22日だそうです。
今ではなかなか見る機会の少なくなったホタルを
身近で見るチャンス。
  
ほたるフェスタin三島2014は、6月14日(土)です。
 

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2014年06月03日

一度は行ってみたい松川湖畔(伊東④)


按針メモリアルパークのある松川河口から6Kmほど上流へ登ると、
小さな湖があります。



平成元年11月に完成した
伊豆半島唯一のロックフィルダム「奥野ダム」によって生まれた湖、
松川湖です。



もともとは、伊東の治水と飲料水確保のために作られたダムでしたが、
花の広場、水遊び広場が整備され、四季折々の自然を楽しむことが出来て
人気スポットになっています。
また、ニジマズ、アマゴが連れるフィッシングスポットとしても有名です。
(釣りの問い合わせは、伊東松川漁業協同組合へ)







名所、エコーブリッジから見下ろす眺めも絶景です。





さて、この松川湖水では、6月の上旬に蛍が見頃を迎えます。
静岡県屈指の蛍鑑賞ができるとあって、
地元のバス会社でもガイド付きの送迎を実施しています。





松川湖までは伊東駅から車で20分
駐車場(50台)は無料ですが、週末は混雑するので
ガイド付きツアーバスの利用を進めています。

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2014年05月29日

幸運を呼ぶ船の模型(伊東③)


伊東市は、
江戸時代初期に徳川家康の外交顧問として仕えた
イギリス人航海士ウィリアムアダムス(三浦按針)によって
日本で初めての造船ドッグが作られた町としても有名で、
伊東のあちこちに、その偉業を今に伝えるモニュメントがあります。
 
伊東市役所には、
アダムスの偉業を顕彰するために市制50周年を記念して建造した
サン・ブエナ・ヴェンツーラ号(幸運を呼ぶ聖なる船)の1/10の模型が展示されています。
 
記録によると、
この船の模型を建造する時に
「サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号大型帆船模型建造委員会」が
アダムスの造船について調査をされたそうですが、
残っている記録もなく、
アダムスが当時働いていたロンドンのライムハウス付近の造船所で建造された
スーザン・コンスタント号(1605年建造)をモデルにして
1997年に作られたそうです。





松川の河口、川口公演内には、
幕末のドッグの様子が描かれたタイル画と碑が建てられています。







造船ドッグがあったのは、松川の河口と伝わっているそうですが、
松川沿いに海へ向って行くと、按針メモリアルパークのある渚公園へ出ます。





この辺りが、ドッグのあった場所でしょうか。



ここには、アダムスの像と鋳物で作られたサン・ブエナ・ヴェンツーラ号があります。
(これまでに紹介したメモリアルパークはこちら



毎年夏には「按針祭」と呼ばれるおまつりが実施される伊東市。
今年も8月10日に盛大な按針海の花火大会が催される予定です。

大学のある三島市から伊東市までは
JR東海道線熱海駅で乗り換え、伊東線で伊東駅まで
在来線で45分ほど、
車を使うと、道路事情にもよりますが40分ほどです。
 

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2014年05月26日

テルマエロマエの伊東温泉東林館!?(伊東②)

 
伊東市内を流れる松川河畔にある東海館は、
昭和初期に建てられた木造三階建ての大きな建物で、
大正末期から昭和初期の温泉情緒を今に残しています。
 

 

(松川通り側の東海館です)
 
1997年(平成7年)に旅館業は廃業されましたが
その後は市の文化財に指定され、
文化施設として開館しました。
 
この日は残念ながら休館日・・・
 

 
玄関の脇には
東海館の紹介POPが掲出されていますが
その中に、
あの映画化もされた名作「テルマエロマエ」が・・・。
 
文庫本第四巻に出て来る伊東温泉東林館って
ここがモデルだったんですね。
 

 

 
今は旅館ではないので宿泊はできませんが、
土・日・祝にはこの東海館のお風呂に入れるそうです。

松川側から眺めるとこのように見えます。
 

 
何やら臨時の能舞台のようなものがありましたが、
聞くところによると、17日ごろから
今年で39回目を数える「伊東祐親まつり」が行われたそうです。
 
初日の薪能では、
子ども能、和泉流狂言師 野村萬斎さんも舞台を踏むなど
毎回盛況な伊東祐親まつりなのだそうです。
 
写真は松川に設営された水上舞台です。
 

 
海外都市との交流から、日本伝統文化の継承まで、
地理的、歴史的に深みを感じる伊東市です。
 
(つづく)

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2014年05月20日

伊東で見つけたオリーブの庭(伊東①)

 
5月というのに初夏の伊東市です。
今回はタライ乗り競争で知られる、伊東大川(通称松川)沿いの
名所を訪ねてみました。
 
まず河口に近いところに観光案内所があります。
『伊東観光番』は、静岡県内最古の交番建物で
今は観光情報の案内をしてくれます。
 

  
この隣は大きな藤棚のある広場になっていますが、
そこにこんな建造物とオリーブの庭を見つけました。
 

 

 
建造物の裏側はこのような絵が描かれています。
 

  
調べてみると、
伊東市とイタリアにあるリエティ市が1985年に友好都市となり、
その記念にこのリエティ公園が作られ、そして
オリーブが植樹されるのだそうです。
 
下は遠くリエティから運ばれた、
彼の都市特産のオリーブの油を搾る石臼とフレスコ画です
 

 
そして、いつからか毎年植樹されているオリーブの木
 

  

  
伊東といえば三浦按針(ウイリアム・アダムス)つながりで
イギリス・メドウェイ市との友好がよく知られていますが、
イタリア・リエティ市とは、
伊東市『松川のタライ乗り競争』とリエティ市『ベリーノ川のワイン樽乗り競争』が
機縁となったそうです。
  

 
リエティ市はローマから北東に70Kmの小さな都市(人口5万人)。
地理的にはイタリアの中心なのだそうです。
 
(つづく)
 
〜お知らせ〜
 
国際交流協会といえば、三島市の国際交流協会では
来る5月24日(土)に
国際交流フェアが企画されています。
詳しくは三島市国際交流協会のホームページをご覧ください。
https://mishima-life.jp/mira/index.html
 

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2014年04月30日

水辺の文学碑のことなど(4)三島市立図書館

水辺の文学碑のソースを探して、
三島市立図書館を訪ねてみました。
 

 
以前は庭に小川が流れ、
建物全体がしっかり見えていましたが、
新しく、生涯学習センターの駐車場が整備され
利用しやすくなったとはいえ
やはり休日は駐車場もいっぱいになるほどの
人気スポットなのだそうです。
 
▼2011年頃の小川の残っている図書館です。

 
以前は図書館界隈ということで
外観だけ紹介しましたが、
今回は図書館にお願いして、
中を少しだけ撮影させていただきました。
 
※図書館の中での撮影は、
(カメラだけでなく、スマートフォンやタブレットなども)
許可を得ないと出来ないきまりになっています。
 
やっぱりありました!!
水辺の文学碑のコーナーです。
 

 

 
そして、入口近くには
三島市ゆかりの作家のコーナーが
親切な解説つきで展示されています。
 

 

 

 
三島の文学・芸術に興味を持たれたら、
三島市立図書館へぜひ足を運んで下さい。
 
三島市立図書館は、大学キャンパスから自転車で5分です。
 

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2014年04月23日

水辺の文学碑のことなど(3)

先ごろより話題にしている水辺の文学碑ですが、
前回の取材では工事中のため一時撤去されていた
司馬遼太郎の文学碑が設置されました。
 

 
<碑文>+++
この湧水というものが、
なんともいえずおかしみがある。
むかし富士が噴火してせりあがってゆくとき、
溶岩流が奔って、いまの三島の市城にまできて
止まり、冷えて岩盤になった。
その後、岩盤がちょうど人体の血管のように
そのすきまに多くの水源をつくった。
とけた雪は山体に沁み入り、水脈に入り、
はるかに地下をながれて、溶岩大地の最後の縁辺である三島に来て、
その路地を入ったときに
顔を出して湧くのである。
 
小説新潮 昭和61年2月号掲載
「裾野の水、三島一泊二日の記」より
+++++++++  
 
この、司馬遼太郎の碑文の中にある
三島市内の溶岩流でできた岩盤で有名なものは
「三島市立公園楽寿園の小浜池」がありますが、
『鏡池』などは
街中を歩いていると忽然と現れるので
この碑文のイメージを彷彿とさせます。
 
道路側から見た鏡池です。
こうしてみると外観からは池がわかりにくいですが、
写真に写った石垣の中に
溶岩流でできた池があります。
 

 

 
三島市の有志の団体で
小さな緑地公園として整備されていますが
この時期の、春の花が満開でした。
 

 

 

 
今日の鏡池は水がなく空池になっています。
 
鏡池は随分昔に水が枯れ、
空池になってしまったのではないかとされていましたが、
有志の方々により整備されると、
今でも富士の湧水へのトンネルであることが証明されたのでした。
 
今年の水の時期は、満水の鏡池がみられるでしょうか。
 
さて
鏡池の近くに、湧水群としてセットで紹介される菰池も
整備が終わり、青葉のやわらかな季節を迎えていました。
 

 
鏡池、菰池までは
JR三島駅南口より徒歩8分くらいです。
 
 

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2014年03月24日

水辺の文学碑のことなど(1)

白滝公園から三嶋大社へ、
柳並木の美しい通り(水上通り)を桜川沿いに歩くと
「水辺の文学碑」と呼ばれる11の歌碑が楽しめます。



歌碑の11名は、いずれも三島市にゆかりのある文学者や歌人ですが、
その中でも、最も時代を遡るのは、室町時代の連歌師・宗祇法師です。
  

 
三島は、室町時代に、東常緑から連歌師・宗祇法師に古今伝授が行われた場所と言われ
また、その折り(文明3年)に宗祇法師は三島明神法楽として『三島千句』を独唱、
この歌碑にはそのうちの一句が刻まれています。
(古今伝授についてはこちらをご覧下さい
「すむ水の 清きをうつす 我が心」
 
そして、江戸時代前期の俳諧師・松尾芭蕉と、後期の戯作者・十返舎一九
 

(霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き)
 

(東海道中膝栗毛より)
 
明治に入ってからは、

正岡子規、若山牧水、太宰治、窪田空穂らのものがあり、
 

 

 

 

  
大正・昭和期の、穂積忠
 

 
そして、小出正吾、井上靖、大岡信と続きます。(敬称略)
 

 

 

 
小出正吾は三島市出身で、日本を代表する児童文学者であり、
戦後は三島市教育委員長をつとめました。
大岡信は、やはり三島市出身の文学者ですが、
現在、三島駅北口に、言葉の魅力や学びの楽しさを伝えていく場として
「大岡信ことば館」が設けられています。

「大岡信ことば館」は、本学部三島駅北口校舎すぐ隣です。
 

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2014年02月27日

川原ヶ谷あたり(新町橋界隈など)

東海道五十三次三嶋宿の出入り口として
多くの旅人が渡っていた新町橋の界隈には、
当時の風習が偲ばれる旧跡が残っています。
 
 
<無縁法界地蔵尊>
 
新町橋から富士山を背にして川沿いの道を眺めると、
右側、一本の大樹の下に、お地蔵さまがお祀りされています。
 

 

 
無縁法界地蔵尊と呼ばれるこのお地蔵さまは、
江戸時代、重罪を犯して晒し首となり、
引き取り人の出て来なかった者の霊を慰めるという目的で
安置され供養されたと伝わっています。
 
東海道を往来する人々への見せしめとして
宿はずれとなる新町橋の近くに獄門台があったことから
この橋が人の往来の多い交通の要所であったことがわかります。
 

 
 
<鞍掛け石>
  

 
足利義詮の墓があることで知られる川原ヶ谷宝鏡院への入口に残っている
高さ50センチほどの石で、
馬に乗る時に足場として使われ、馬乗り石」と呼ばれていました。
 
こちらは道の反対側に残った石です。
鞍掛石は両側に一対残っています。
 

 

 

 
 
<笠置き石>
 
宝鏡院の境内にある、旅人が傘を置くのに使ったことから
そう呼ばれている石。
(三島七石に数えられています)
 

 

 
東海道を行き交う人々の所作や様子が偲ばれる
新町橋界隈です。

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2014年02月24日

もう一枚の三島宿

江戸時代の浮世絵作家
歌川広重(安藤広重 1797年ー1858年)の
東海道五十三次に描かれた三島です。


(Wikipediaより)

現在の東海道は県道22号線
鳥居を意識して同じように撮影してみると
こんなかんじでしょうか。



この三嶋大社前から東に約500mほど行ったところに
「新町橋」という橋があるのですが、
この橋と富士山の雪景色が
「東海道五十三次三島狂歌入り佐野喜版」に描かれています。



現在の新町橋とそこに設置された案内版です。
ここからの美しい眺めは、
現在でも「三島市眺望地点」のひとつに指定されるほどで、
晴れた日は富士山の眺めが美しい場所です。




 
春霞みで少し見えにくいですが、
中央の木の向こう側に富士山が見えています。


 
橋の中央には、東京と京都までへの道のりを刻んだ銅板が埋め込まれています。





東海道の要所であるこの橋は多くの旅人が渡っていたとみえて、
実はこの新町橋の界隈には、古の風習が忍ばれる名残がいくつか残っています。
(次へ続く)

新町橋までは、
三島駅南口5番乗場から沼津登山東海バス「元箱根港行き」に乗り
「新町橋」下車(三島駅約7分下車徒歩1分)です。

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2014年02月18日

東駿河湾環状道路を走ってみました。

生憎の曇天でしたが、
今月11日に全線開通した「東駿河湾環状道路(伊豆縦貫自動車道の一部)」を
三島市内から伊豆の国市(旧伊豆長岡町)まで走ってみました。

市内の名所、旧東海道の道筋である松並木を
一路箱根方面へ向います。
 

 
松並木が途切れるとすぐ、
直進する国道一号線と十字路になる形で、
伊豆縦貫自動車道の入口が見えてきます。
 

 

 

 
途中、いくつか三島市内への降り口もあり、
これまでよりもずっと移動が便利になりました。
 

 

 

 
隣町函南町までは、余裕をもって走っても5分とかかっていません。
 

 
そして、東駿河湾環状道路からそのまま直進で伊豆中央道へ入れます。
(下田へと続く新しく整備される何本かの道路を総称して
伊豆縦貫自動車道と言います。)
 

 

 

 
伊豆中央道路の料金所です。
 

 

 
三島市内の箱根登り口から伊豆の国市の伊豆中央道へ乗って
一番最初のドライブインまでゆっくり走って15分でした。
 

 

 
伊豆の国市は菜の花畑が満開でいちご狩の真っ盛り。
本当に短時間で伊豆へ入れるようになりました。
 

 

 
最初に修善寺道路が開通したのは平成4年。
伊豆南端の下田まで全線開通するのは平成30年代半ば。
四半世紀かけて完成する(予定の)、
総距離約60kmの高規格幹線道路です。
 
この道路が全線開通すると、
経済活動はもとより、医療福祉面でも
飛躍的に伊豆の生活環境が改善されることが期待されています。
 

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2014年01月29日

三島市内の駅

大学のある三島市内には、駅が5つあります。

市の中心部にJR東海道線 三島駅と
伊豆箱根鉄道駿豆線の、三島広小路駅、三島田町駅、
少し郊外に、三島二日町駅、大場駅の2駅 です。
 

三島市内には歴史上の名所・旧跡が多く点在していること、
また、水の都として美しい景観を街中でも楽しめることなどから
市の推奨するいくつかのウォーキングコースがあります。
写真の三島田町駅は三嶋大社に近く、
ウォーキングコース「せせらぎルート」に紹介されています。
 

 

 

 

 
※近頃、ウオーキングコースを紹介するスマートフォンのアプリが開発され
三島市役所のホームページで紹介されています。(Android版)

アプリのダウンロードはこちらから


そして、少し郊外にある三島二日町駅です。
 

 

 
伊豆箱根鉄道は市民の重要な足として愛されていますが、
駅前と駅裏の駐輪場はこのとおり。
通勤通学の最寄り駅まで、多くの人が自転車を利用しているようです。
 

 

 
旧市内から更に少し離れますが、大場駅もやっぱり
駐輪場がしっかり整備されています。
こちらは盗難防止の設備つきです。
 

 

 
伊豆箱根鉄道は、駅中もとてもきれいです。
  

 

 
JR三島駅まで乗り入れていますが
大場駅から三島駅までは約10分くらいです。
 

 

伊豆箱根鉄道駿豆線は、三島から修善寺まで13駅。
同社のホームページによると
一日あたり約5万5千人(2012年統計)の乗降客を数えるそうです。


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2014年01月24日

東駿河湾環状道路がいよいよ開通です。

東名高速道路の沼津ICから伊豆半島の最南端下田市までを結ぶ
伊豆縦貫自動車道の一部、東駿河湾環状道路が全面開通します。
 

 
三島市内には、三島萩、三島加茂、三島塚原、三島玉沢、大場・函南と
5カ所のICが出来ますが、
このうち未開通だった、三島玉沢ICと、大場・函南ICが開通します。
 

 
開通すると、これまで東名高速道路の沼津ICから40〜50分ほどかかっていた伊豆中央道路入口まで
15分ほどで抜けてしまうとあって
様々な経済効果や人、物流の変化が期待されています。
 

 
この日は東駿河湾環状道路の最終IC、大場・函南ICへ行ってみました。
幹線道路の整備は、その周辺整備にもつながるということで、
新しく、バリアフリーの歩道橋や、写真ではわかりづらいですが、
接続する一般道も整備されていました。
 

 

 

 
これまでは大場・函南地域のみなさんの遊歩道だった風光明媚な河原にも
そう苦労なく周辺都市部、遠くは首都圏からも、人が訪れるようになるのかも知れません。
 

 

  
東駿河湾環状道路の全面開通は2月11日です。
 

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2013年12月27日

三嶋大社のお正月準備

平成25年もいよいよ残すところあとわずかです。

この日(12月20日)の三嶋大社も
新年を迎える準備のまっさかり・・・

冬の大社境内です。



芸能殿に置かれた新しいしめ縄飾りは
近くでみると思ったよりもずっと大きくて迫力がありました。





来年の干支は馬ですね。





寒空の神鹿園。



今年は三嶋大社前の横丁が整備され、「大社の杜」が出来たので
初詣の人通りには変化があるかも知れません。

(大社から見た、大社の杜の横丁)










みな様、良い年をお迎えください。

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2013年11月25日

三島市郷土資料館へ行ってきました。

一年ほど前から耐震補強のための改修工事を行っていた、三島市郷土資料館が
リニューアルオープンして2ヶ月ほどが経ちました。



同資料館は三島市立公園楽寿園の中にあります。

四季折々の自然を楽しませてくれる楽寿園は、紅葉の盛りが少し過ぎたとは言え、
この時期毎年恒例の菊まつりでとても華やかに彩られていました。
  

 

 

 

 
昨年閉鎖した園内食堂の代わりの施設として、
2棟のお休み処「桜」「紅葉」も新しく整備されていました。
 

 
そして、三島市内の小中学校を卒業していたら一度は訪れる、
三島市郷土資料館です。
 

 

 

 
一階の、リニューアルオープン記念企画展は
もちろん興味深いものがありましたが、
2階、3階の、文化財や民芸の展示、体験コーナーが
とてもしっかりと、親切に展示してあり、見応えが十分。
 


昭和初期くらいまでの農機具や
  

 
最後の三島傘職人、碓井善太郎さんの道具と
名産品であった三島傘の展示コーナーもありました。
 
水の豊かな三島市は、旧宿場街や川沿いに
たくさんの職人が店を構えていた「職人の町」でもあったそうです。
 

 
そして縄文時代から現代まで、
年代を追ってのパネルと出土品などの展示も・・・。
 

 

 
最初に紹介した新聞記事にもありますが、
同資料館の入館料は無料です。
(楽寿園の入園料 300円)
三島と偉人達(源頼朝、武田信玄、など)とのゆかりを紹介する
リニューアルオープン記念企画展「偉人たちの足跡を訪ねて」は
来月15日まで。
開館時間は、午前9時から午後4時半までです。

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2013年10月29日

古を今に伝えるパワースポット

大学のある三島市の北、
富士山寄りに位置する御殿場市の『神場山神社』には
境内に大小様々なハサミが奉納されている珍しい神社があるというので、
訪ねてみました。
  

 
今から700年程前に、山仕事に従事する樵たちによって
山の安寧を祈念して祀られたと伝わっています。
 

 
境内まで行くには、一度沢に降りてから階段を登るのですが、
神社の森には樹齢200年以上もの木が生い茂り、
また、沢底には池や御神木があり、
古来の山神社の形がそのまま残っているようなイメージでした。
 

 

 

 
沢の水は御神水です。
 

 
沢へ下る途中には
瘤をなでると病気が直るとされている御神木がありました。
 

 

 
清涼な空間を経てたどり着いた神場山神社の境内は、
とてもきれいに清掃されていました。
 

 

古くて小さい石碑がところどころにまとめられ
この神社の歴史の古さを今に伝えています。
 

 

 
今回ここを訪れるきっかけとなった御奉納ハサミは、
お堂の横の社に祀られていました。
 

 
<ハサミの由来は以下のとおりです>
 
病気の治癒を祈願する時に、
この「疫病を断ち切り、邪心を摘み取る」と云われるハサミを借りて行き、
全快すると借りたハサミをひとまわり大きくして返す習わしがあるため
このようなたくさんのハサミが残っているのだそうです。
お堂の中にも奉納されていました。
 

 
神殿前に掛けられた鈴や、境内に結ばれたおみくじの様子から、
今でもたくさんの人がここにお参りしているのがわかります。
 
この日は地域の方(氏子)が二人社務所にいらしたので
お話を伺ったのですが、
 
この神社は、毎日氏子が交代で常駐しているそうで、
今ではそのように地域の氏子が大切にお守りしている神社は
他所にはあまりないようだとのことでした。
 
そしてまた、この神社は「藤の花」の名所としても有名なのだそうです。


 

 
さて、幹線道路にあるこの神社への入口には、
大きな鳥居が建っています。
 

 
この鳥居をくぐって、車で2分ほどゴルフ場を分け入ると
沢の入口にたどり着きます。
 
鳥居の傍には、解体された古い鳥居が置かれていて、
大正時代や以前からあると思われる碑や灯籠があったので、
昔はここを入口として、神社の社本体は
山の奥深くであったことが忍ばれます。
 

 

 

 
古の山神社信仰の形を今に伝える神場山神社は
246バイパス神場南交差点から車で7分、
大学キャンパスから車で50分くらいです。
 

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2013年10月16日

世界の平和を祈る公園<御殿場市>

大学のある三島市から富士山方面へ
車で40分ほどに位置する御殿場市は
富士山周辺や箱根観光への交通拠点です。

この日は市の指定した観光12選のひとつ
平和公園(富士仏舎利塔平和公園)に行って来ました。
 

 
インドの故ネール首相(1889-1964 インド初代首相)の好意によって
釈迦の分骨を納めた仏舎利塔のある小高い丘の公園です。
 

 

 
ここは、外国人観光客が多く訪れることでも知られていますが、
乙女峠登り口のランドマークにもなっており、
ここからの富士山の眺めは絶景です。
 

 
また東アジアの国々の狛犬が参道に安置されて
国際色豊かな趣が漂っていました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
庭園の刈り込みは
「日本」のたたずまいを表現しています。
 

 
この日も多くの外国人観光客が訪れていました。
富士山を見ながら日本を感じるには良い場所なのかも知れません。
 

 

 
富士仏舎利塔平和公園は
東名御殿場ICからは車で5分。
JR御殿場駅から箱根登山バス「箱根湖尻桃源郷」行きバスで約10分
「平和公園」下車です。
 
 

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2013年10月10日

今は昔の人造湖語りと厳島神社

逆さ富士が美しく写る湖があるということで、
御殿場市の東山湖に行って来ました。
 

 

  
この東山湖は、「東山湖フィッシングエリア」と呼ばれ、
県内はもとより関東からもたくさんの釣り人が集る
人気の漁場となっています。
 
この日も桟橋や湖岸には釣り人がちらほら・・・
 

 

 
風が少し吹いていて湖面にさざ波がたっていたため
お目当ての逆さ富士は撮れませんでしたが、
状況によっては鏡に写した様にくっきりと写るそうです。
 

 
残念ながら湖岸に降りれるのは釣り人だけという決まりがあるそうですが、
湖畔の散策は自由で、
桜の名所としても知られています。
 

 

 
湖岸には、元内閣総理大臣で、御殿場にそのゆかりの自邸(東山旧岸邸)がある
岸信介自筆の碑があり、
この湖の成り立ちについて、細かく紹介していました。
 

 

 
この碑によると、
『東山は古来より水利に恵まれなかったが、
江戸の町人大阪屋長右衛門ほか4名が小田原藩に東山新田開発の誓願をし
箱根外輪山の丸岳から流れる寒沢川の清流を引いて貯水池にしたのが
東山湖の始まりである』と記されています。
 
その後、湖は長年の間に幾度か天災に遭い、その度に補修され、
大正十二年の関東大震災では大破したけれどもやはり補修され・・云々と続き、
 
『幾多先人のご苦労の累積により保全されてきた御遺徳を忍び追慕し
永く偉功を後世に伝えるためにこれを建てる』と締めくくられています。
この碑が建てられたのは、昭和57年3月です(東山湖土地改良区建立)。
 
この碑文の中に書かれている「厳島神社」が湖のすぐ近くにありました。
東山湖が作られた寛文年間に、水に縁のあるこの神社を
東山新田の氏神として奉斎したと記録に残っています。
 

 

 
その後、この神社は村社になり、地域を守る神様となったと
その由来には記されています。
 
境内は古い橋や石垣が残っており、
社は手入れされた森の中の静かな佇まいでした。
  

 

 
推定樹齢300年の御神木(杉)も大切にお祀りされており、
日本に古来から伝わってきた神道の空間を思わせます。
 

 

 
東山湖フィッシングエリアと厳島神社は
大学キャンパスから車で45分くらいです。
 

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2013年09月26日

農兵節」の始まり(農兵調練場址)

三島市役所の前に「農兵調練場址」と刻まれた碑があります。





裏へ廻ると、
韮山代官で、幕末の国防に奔走した江川担庵(太郎左衛門)の名とともに、
『日本最初ノ農兵調練場』と書かれています。
 

 

 
三島の民謡「農兵節」は
幕末、韮山代官の江川太郎左衛門が、
それまで身分制度に縛られて帯刀が許されていなかった農民を
兵隊として調練した時に、行進曲として用いたのが始まりと言われ
また、
このメロディーは長崎留学から戻った家臣の持ち帰った
西洋のものと伝わっています。
 
写真は、三島夏まつりに登場した、
韮山代官江川太郎左衛門と踊りの連です。
 

 

 
衣装には、今では全国的に有名にな農兵節の歌詞がプリントされていました。
 

 
市内にある白滝公園には、三島市教育委員会によってまとめられた
農兵節の成り立ちから全国に広まるまでの話が記されています。
 
それによると、
幕末、農兵の調練に使われた行進曲のメロディーを聞いた三島宿の人々が、
当時の田植え唄や馬子唄の詞をつけて流行らせた。
その後明治・大正時代に「ノーエ節」として様々な替え歌で歌われていたのだけれど
昭和初期に尻取り唄の「農兵節」と「農兵踊り」を完成して
三島民謡として全国に宣伝したのが「平井源太郎」だったそうです。
 

 
こちらの碑には、
「富士の白雪 朝日に溶けて 三島女郎衆の化粧水」と刻まれています。
 

 
農兵節が尻取り唄と呼ばれるのはその歌詞に尻り取りを取り入れて
覚えやすくしてあるからですが、
この歌の底流にある「とけて流れる」は、
万物流転・諸行無常を歌い流していると云われ
文学的にはもとより歴史的にも情緒の深い鎮魂歌になっているという解釈もあります。
 

  

 
農兵節は
1番から9番まである歌詞が、次の様な内容で歌われていきます。
 
富士の白雪

溶けて流れる。

三島にそそぐ

三島女郎衆

お化粧が長い

お客が怒る

怒れば石の地蔵さん

地蔵さんは頭が丸い

丸けりゃ烏がとまる。

とまれば娘島田

娘島田は情けでとける。

とけて流れてノーエ
 
農兵節の始まり、日本最初の農兵調練場址は、
三島市役所前。
 

 
大学キャンパスから自転車で10分です。
 


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2013年09月09日

三島夏まつり③ー風物詩など

9月に入ったとは言え、
まだまだ暑い三島市です。

↓今日の三島市

三島夏まつりの日は
最高気温が34度、湿度56%でした。
 

 
一年中四季を問わず、
水の流れが、美しい光景を楽しませてくれる三島市ですが、
夏こそせせらぎ!
水遊びのできる場所が、市内のあちらこちらにたくさんあります。
 

 

 
公園の入口にあるからくり人形「めぐみの子」も
お祭りのハッピに着替えていました。
 

 

 
木かげには人がいっぱい。
ここは駅から歩いて5分~10分の白滝公園です。
 

 

 
三嶋大社の境内には、
池のほとりにお化け屋敷も出現・・・
 

 
レストランのマネキンも常夏モード
 

 
毎年三島夏まつりにはこちらに来ているというバンド、
COCOAのミニライブも
なかなか楽しく聴き応えがありました。
 

 

  
毎年ですが、今年も暑い日でした。
お祭りのメイン道路添いにある老舗メガネ店も
建物が汗だくになってるみたい。
 

 
今年もおまわりさん、みなさん、お疲れさまでした。
 

 

 
ここ数年、毎年50万人超の人出です。
 

 

 
三嶋大社の例祭、三島夏まつりは
毎年8月15、16、17日の3日間です。

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2013年08月07日

佐野美術館リニューアルオープン好評です。

三島市を代表する美術館のひとつ
佐野美術館のリニューアルが終了し、
リニューアルオープン記念の展示会が行われています。





佐野美術館といえば、
日本刀や青銅器、古鏡、能面などの収蔵品が全国でも有名ですが、
今回はオープン記念第三弾「いぬ」。
 
岩合光昭氏の写真展です。
 

岩合光昭氏は世界中の動物写真を撮ってきた写真家ですが、

その岩谷氏が、
人とともに生きる犬の姿や、務めを全うするモデルぶりに惹かれて
40年間撮り続けてきた作品の中から
犬に寄せる深い思いが凝縮された作品約120展が展示されています。
(佐野美術館発行 「隆線」より)



訪ねてみると、展覧会は大盛況。
ロビーには一般参加の企画も展開されていました。
 

 

ミュージアムショップとロビーの仕切りに
参加作品の写真がディスプレイ。
横からみるとこんな風です。
 

 
ミュージアムショップには、かわいらしい犬のグッズがたくさん販売されていて
展覧会を観に来た人でいっぱいでした。
 

 

 

  

 
リニューアルされたロビーには、
県内から近隣他府県、東京都で行われている
面白そうな展覧会の案内が置かれていて
教育・文化の情報収集に良い環境が整っています。
 

 

入口までのスロープやトイレなど施設設備もリニューアル。
人にやさしい建築物になり、
 

 
また、様々な講演会やワークショプも企画されるなど、
新しくなった佐野美術館は以前にも増して見どころや楽しみの多い文化施設となりました。
 
ちなみに、この

「いぬ」岩合光昭写真展は8月25日(日)まで。
次の展示は8月31日(土)からで、
「生誕200年記念 清麿 幕末を駆け抜けた孤高の刀工」展です。
 

 
佐野美術館までは、大学キャンパスから自転車で15分。
三島駅から徒歩20分です。 

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2013年07月25日

夏だ!伊東だ!・・・(その2)三浦按針のことなど

伊東には、海岸線に沿って、
いくつかの公園やモニュメントが作られていますが、
「国際色を感じる」と言えば、
やっぱりこの、按針メモリアルパークです。





ウイリアム・アダムス(和名 三浦按針)は
日本史の教科書でおなじみですが、
1604年頃、徳川家康の命を受けて、
日本最初の様式帆船2隻を建造しました。
その場所がこの、伊東市の松川河口です。

その業績をたたえ、伊東市制40周年を記念して
多くの伊東市民の協力で建造されたのが
この胸像です。





その後、市制45周年を記念して、
胸像の近くに
「太平洋を横断する サン・ヴェナ・ベンツーラ号」のモニュメントも建造され、
 
メモリアルパークとしての形が整いました。
 

 

 

 

 
この按針メモリアルパークの対岸には
やはり、さまざまなモニュメントが置かれている
なぎさ公園があります。
 
芝生のある広い公園で、
天気のよかったこの日は
ここで日焼けを楽しむ人もみかけました。
 

 

 

 

 
按針メモリアルパークとなぎさ公園は、
伊東駅から徒歩で15分〜20分です。
 

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2013年07月12日

夏だ!海だ!伊東へ行ってみました。(その1)

伊豆半島は、
大きく分けると、東伊豆・西伊豆・南伊豆、そして沼津三島エリアですが、
半島の中に52箇所もの海水浴場があります。

この中でも、JRの駅から3分、電車で行ける海水浴場ということで、
伊東のオレンジビーチへ行ってみました。



国道135号線沿い、電車でも車でも楽に行ける伊東のオレンジビーチは
フェニックスが並んで、南国の雰囲気が満点です。
波が穏やかなので、カップルやファミリーが多く訪れることで知られています。
 

 

 

 
この日は夏休み前の平日で、静かな浜辺でしたが、
海の家はすでに準備万端!
海岸沿いに何棟も立ち並んで、本格的な海水浴シーズンの到来を待っています。
 

 

 
国道沿いから見るとこんな光景です。
 

 
このビーチから、なだらかな坂を3分ほど上るとJR伊東駅があります。
 

 
静岡県を代表する観光のメッカだけあって、
駅周辺に観光案内所が2カ所あり、
パンフレットがいっぱい
  

 

 

 
駅前はお土産物屋さんが立ち並んで賑わっています。
 

 

 
本格的な夏ももうすぐのオレンジビーチです。
 

 
オレンジビーチは、
JR三島駅から東海道本線上り線。熱海駅で伊豆急行へ乗り換え、伊東駅下車です。

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2013年06月28日

7月1日は三島馬鈴薯の日

三島が全国に誇るブランド野菜「三島馬鈴薯」。
三島馬鈴薯は出荷時期が短いため(主に7月)
7月1日が三島馬鈴薯の日と定められました。
 
これにさきがけ、JA三島函南の直売所では馬鈴薯祭りが行われるそうで、
手書きの告知が大迫力!
 

 
写真は、三島警察署はす向かいのJA三島函南農産物直売所、
フレッシュ錦田店です。 
 

 

 
みしまコロッケ応援自販機も設置されていました。
 

 
さて、
7月1日はみしまコロッケの誕生日でもあります。
みしまコロッケとは、三島馬鈴薯(メークイン)で作ったコロッケのことで、
三島市内にはこののぼり旗を立てたみしまコロッケ認定店がいっぱいです。


 

 
誕生から5周年目を迎える今年は、
みしまコロッケ情報満載のスマホサイトもオープン。(7月1日から)
みしまコロッケグッズもストラップからTシャツまで、
種類が増えました。
 

 
三島コロッケの材料になっている三島馬鈴薯だけじゃなく、
美味しいと定評のある三島の野菜。
特に、標高50m以上の箱根西麓地域で取れる野菜を
『箱根西麓三島野菜』と言い、
市民も参加して三島ブランド野菜としてPRを進めています。
 

 
*株式会社 エフエムみしま・かんなみ[VOICE CUE]で発行された
美味しい三島Vol.12、魅力ある三島Vol.12を参照しました。

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2013年06月24日

国際関係学部学生グループ「健幸応援隊」と三島市の食育

三島市には、「箱根西麓野菜」や「三島馬鈴薯」など、
地域ブランドとして育てられている農作物の特産品が多数ありますが、
『食育』を積極的に推進している飲食店を「三島市食育認定店」と定めて、
市民に食の大切さをPRしています。





三島市の公式サイトで、
国際関係学部の学生有志グループ「健幸応援隊」が
三島市食育認定店「キッチンうらら」というお店とコラボして
「料理教室」を開催するという告知を見つけたので、
そちらのお店を訪ねてみました。



三島市の駅近くにあるこじんまりとした店内のお店でしたが、
「家庭料理」の看板どおり、ほんわか、あったかみのあるお店。
国際関係学部の学生もよく訪れていて、
「料理をあまりやらないから、・・・・」という話がきっかけとなり
料理教室が実現したそうです。



お店の方の話によると、いろんな学校と縁があるそうですが、
中心になってとりまとめているのが、本学の学生とか・・・。
 
写真は、ヒレカツ定食に
「三島を感じる何か」ということで、
「あゆの塩焼き」と「みしまコロッケ」を単品で追加オーダーしたものです。
いろいろ質問したり注文しても、優しく応対していただいて、
美味しい昼食になりました。



お野菜はお店のオーナーの農園で作られた、無農薬野菜なのだそうです。



こちらは、野菜サラダ付きカレードリア(大)に「みしまコロッケ」を追加オーダー。
みしまコロッケはほくほく馬鈴薯がおいしく、野菜サラダもしゃきしゃき!





料理教室は6月30日(日)
今回は七夕パーティーで、手巻き寿司を作るとのこと。
事前予約が必要だそうです。
詳しくは、三島市の公式サイトを見てくださいね。

http://www.city.mishima.shizuoka.jp/mishima_info/syokuiku/shosai012266.html

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2013年06月14日

富士山が世界文化遺産登録へ

富士山が、世界文化遺産に登録されることが決まったので、
梅雨の晴れ間に、『富士山樹空の森』に行ってみました。



三島市の北、御殿場市にある『富士山樹空の森』は
『遊んで、学んで、癒される』
富士山について学びながら、遊び、自然と触れあえる施設。
御殿場市の広大な敷地を利用して作られました。
 

 

 

 

 
ビジターセンターに入ってみると
さっそくこんな懸垂幕がさがっていて、祝賀ムード。
世界文化遺産へ正式に登録されるのも秒読みです。
 

 

 
施設紹介のパンフレットも、中国語、韓国語、英語と様々。
 

 

 
ビジターセンターの1階は地元の観光土産物売り場。
2階にはレストランと、
富士山についての資料が展示されています。
 

 

 

 

 
庭に出てみると、溶岩広場から始まって、
野外ステージ、森、川と自然がひろがっています。
 

 

以前、開園したての頃に一度訪れたときよりも
植物がずいぶん落ち着いて、
自然がずっと身近になっていました。
 

 

 

 
この日はどこかの幼稚園の遠足だったのでしょうか、
冒険の丘は元気な子ども達でいっぱいでした。
 

 

 
ちなみにこの日の富士山は、梅雨の晴れ間に少しだけ、
こんな姿をみせてくれてました。
来月には山開きが行われます。
  
(↓246バイパスから撮影した富士山です)

 
富士山樹空の森は、
大学キャンパスから車で40分くらいです。
 

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2013年05月31日

三島の始まりはいつ(3)向山古墳公園

向山古墳群は、昭和50年(1975年)向山小学校建設に伴って2基の古墳が発見され、
山内昭二先生(当時、日本大学三島高等学校)によって緊急調査されたのを皮切りに
これまで円墳14基、前方後円墳2基が見つかっています。





三島市内では最も古い古墳群で、田方平野北部を支配していた王の墓と考えられており、
前方後円墳があることから、
大和政権との関係を知る上で重要な古墳群とされています。



古墳群発見のきっかけとなった
三島市立向山小学校です。





この古墳群からは、鉄剣、鉄刀、鉄ゾクなどが出土しており、
調査の結果、4世紀中葉から6世紀前半に作られたということがわかっています。

貴重な遺跡であり、また
この古墳群からは三島市内と富士山の眺望が素晴らしいこともあり、
長い間三島市は発掘調査を行いながら、
古墳群公園として整備してきました。

そして先月29日、誰でも自由に立ち入れる公園として
開園記念式典が行われました。



向山古墳群は全長800mの公園ですが、
遊歩道が整備され、
古墳それぞれに発掘時の様子などが紹介されています。









古墳群の中で最大の円墳である14号墳と13号墳は
亡くなった人を葬った穴の跡を石で表示して
様子が具体的にわかるように工夫されていました。





古墳の上からは、晴れた日は富士山と三島市内が一望できます。



道標やトイレ、東屋もあり、
この日は小学生が下校帰りに寄り道していました。







古代の人々の営みに触れる向山古墳群は
大学キャンパスから車で15分くらいです。

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2013年05月27日

三島の始まりはいつごろだろう(2)。白鳳時代まで遡る国分尼寺跡

先日、奈良時代の中頃(西暦741年)に建てられた
伊豆国分寺の塔跡を紹介しましたが、
この時代、同時に建設の詔が発せられた国分尼寺も
現在の三島市内にあったことがわかっており、
現在は「祐泉寺」という臨済宗のお寺になっています。



三嶋大社にほど近い街中というのに、この界隈は閑静な住宅街で
祐泉寺は小さいながらも、とてもきちんと整えられたお寺でした。

街中に、このような佇まいの祐泉寺





中には、国分尼寺の塔心礎(塔の中心柱の礎石)が大切に保管されています。





この塔芯礎は、奈良時代の初め(白鳳時代)に建立され、
その後、国分尼寺となった大興寺(だいこうじ)の西の塔芯礎と推定されており、
薬師寺式伽藍配置という当時の建築様式を知る上で大変貴重なものです。

現在、三島市の指定文化財考古資料となっています。





境内のずっと奥には
戦国武将北条早雲の孫、北条綱重の墓が
ひっそりと祀られていました。







祐泉寺入口は
三嶋大社から旧下田街道沿いに、伊豆方面へ少しだけ下った、
大社町郵便局のすぐ脇。
清らかな水の流れる小径を入ったところです。
 

 

 
遠目にひいてみるとこの横丁になります。
写真の奥に見える緑が祐泉寺です。
 

 

本当に目立たない小さな街中の横丁の一角 祐泉寺は
大学キャンパスより徒歩15分です。
 

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2013年05月13日

三島の始まりはいつごろだろう(1)。伊豆国分寺跡を訪ねてみました。

三島市が東海道の主要な宿場町として発展を遂げたのは周知の事ですが、
奈良時代にはすでに国政の主要な場所として指定されていたことを示す史跡が
中心市街地に残っています。

伊豆箱根鉄道広小路駅から歩いて5分ほどのところにある、
伊豆国分寺の塔跡がそれです。





塔跡の南半分は失われ、
残っているのは、枘穴(ほぞあな)と呼ばれる穴のあいている礎石の一部が8個です。
そこから推定すると、一辺が10.6メートル、
高さ約60メートルの七重塔が建てられていたのではないかとのことで、
建物の基礎も一辺70メートルで、国分寺塔としては壮大な規模だったことが伺えます。
 

 
こうして写真に撮ると広い史跡のようですが、
実は、同名のお寺の一角にひっそりと残されています。
 

 
史跡が残っている現在の「伊豆国分寺」です。
一部工事中でしたが、撮影させていただきました。
 

 

 

 
奈良時代の中ごろ(西暦741年)に、
聖武天皇により、全国に「国分寺」「国分尼寺」が建てられたのは有名ですが、
この伊豆国分寺は、昭和31年の発掘(軽部慈恩の調査)により、
奈良の東大寺式伽藍配置(寺の建物の配置)であったことがわかり、
その年に塔跡が国の史跡に指定されました。
 
三島市誌に残る古い調査の記録を頼りに、
現在のその界隈を歩いてみました。
 

 
鐘楼のあったあたりは、写真館です。
  

 
ここを起点に、どことなく昔の風情が残る建物や通りを撮影しました。
 
昔はどこの旅館にも掲げられていた旅館組合の看板の残る建物
 

 
お菓子屋さん他・・・
 

 

 

 
人が一人、やっと通れるくらいの小さな踏切も見つけました。
 

 

 
映画のロケ地にもなりそうな佇まいがわずかに残っている中心市街の一角ですが、
伊豆国分寺伽藍跡の一部には「笑栄通り」と名付けられた商店街がありました。
 

 
ちなみにこの笑栄通商店街では楽笑デーというイベントを
毎月23日、24日に行っています。
このチラシは4月の第一回のものですが、5月にも実施されるそうです。
 

 
奈良時代、国分寺のあったころは巨大なお寺の境内だったこの辺りですが、
今は、掘り出し物がみつかるかも知れない商店街の小さなお祭りで賑わいます。
 

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2013年04月26日

三嶋大社のたたり石

三島市といえば、『三嶋大社』
「たたり石」と呼ばれる石があるというので
桜の若葉が爽やかな三嶋大社を訪ねてみました。
(4月19日)
 
新緑の三嶋大社は本当に清々しく、
目に青葉が鮮やかに映る・・・そんな趣でした。









池のそばにある満開のツツジが青葉に映えています。
 

  

 
境内のはずれにある土産物やさんには
この時期にふさわしく三島の伝統工芸品の「菅傘」が販売されていました。
 

 
境内の案内看板も少しずつ新しいものと入れ替わっています。
 

 

 
神馬舎の周りにはお参りした方の絵馬でいっぱい。
 

 

 
人馬舎の隣にある、源頼朝とその妻政子がすわったという石も健在。
 

 
そして、お目当ての「たたり石」は
大鳥居を入ってすぐ右側にあります。
  

 
石を解説している看板によると、
このたたり石の「たたり」は、
『たたり=祟り』と思っていたらそうではなく、
『たたり=絡垜(糸のもつれを防ぐ道具のことで、整理を意味する言葉)』なのだそうで
もともとは三嶋大社前の旧東海道の中央に置かれ、
行き交う人の流れを整理する役目を果たしていた石だったそうです。
  

 
後に、人の往来が頻繁になったのでこの石を取り除こうとするのですが、
その度に災いがあり、
それで「絡垜」が「祟り」に置き換えて考えられるようになったと伝わっているようです。
 
今の場所に置かれたのは大正三年の道路工事の時で、
今日では交通安全の霊石として信仰の対象になっています。 
  
三島市のシンボル、三嶋大社までは
大学キャンパスから徒歩で15分です。

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2013年04月16日

三島の橋

三島市内には、主なものだけでも10本以上の川が流れています。
そのため、街中では橋をよく見かけます。
 
写真は、市内御殿川にかかる「赤橋」
三嶋大社西側の、祓所神社から西に伸びる鎌倉古道を横切る御殿川にかかっています。
 

  

 
江戸時代には、駿豆五色橋のひとつに数えられていたと言いますので、
その時分からこの橋の欄干は赤く塗られていたのでしょうか。
ちなみに、駿豆五色橋とは、この、芝町の赤橋、
広小路の減平白旗橋、幸原の青木橋、沼津の黒瀬橋、黄瀬川の黄瀬川橋の5つです。
 
赤橋は車も通る橋なので、
街中に入る車が自然と速度を落とすように、ゆるくアーチを描いて作られています。
この小さな赤いアーチが、町の景観をひきたてています。
 

 

 
赤橋のかかる御殿川です。
 

  
そして、
文化財として貴重な価値の認められている『めがね橋』もあります。


 
こちらは市内を流れる源兵衛川にかかる橋で
作られた時期は明治の中期から後期頃(19世紀末から20世紀初頭)と伝わっており、
このめがね橋は東海地方唯一の2連のアーチ型石橋ではないかと言われています。
 


小さな鉄橋もあります。
ここは市内を走る「伊豆箱根鉄道」が通っています。
  

   

  
川沿いに暮らす市民もまた、橋と上手につきあっています。
  
ガーデニングしたり・・・
  

  
こちらのコーヒーショップ(?)前にはおしゃれな欄干がかかっていたり。
  

 

ユニークな橋が楽しめる御殿川、源兵衛川界隈は、
大学キャンパスから徒歩で10~15分くらいです。

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2013年04月05日

桜川人柱伝説と"ドンドン”水門

桜の花も見頃を過ぎて、春たけなわの三島市内は様々な花でいっぱいになります。
 

 

 
この日は白滝公園界隈に、人柱伝説の残る水門があるというので、
探しに行ってみました。
 
春の白滝公園は、若葉の緑いっぱい。
三島市は、市内の真ん中に、
そんなに広くはありませんが、こんな林のような公園があるのです。
緑を水面に映しているのは、市内を流れる桜川です。
 

 

 

 

 
この公園から桜川沿いをほどなく歩いたところに
伝説の水門がありました。
 

 

 
桜川人柱伝説の概要は以下の通りです。
 
<桜川人柱伝説>…………
 

 
昔、桜川は水量が多く水の勢いも強く、堤防が何度も決壊していたのですが、
ある日、ここを通りかかった一人の僧侶が
『堤防を作る人夫の中にいる、襦袢の肩当てに手ぬぐいを使用している人を人柱にすれば
堤防の決壊もなくなる』と言ったところから、調べてみると、僧侶の言ったとおりの人夫がいた。
その人夫が人柱の犠牲となったら、堤防工事が無事に完成した。
それから、三島の人は、襦袢の肩当てに手ぬぐいを使用しなくなり、
また、最近までここを通る人は履物を脱ぎ、素足で通った。‥‥‥‥‥‥‥
 
現在、この水門は”どんどん”という愛称で呼ばれていて
この日は小雨でしたが、たくさんの往来がありました。
 

 

 
農業用水としての利用が主で、
夏には灯ろう流しも行われる桜川
造られたのは江戸時代中期という説がありますが、
慶長9年(1604年)の三嶋大社の絵図には桜川が描かれているので、
もっと時代は遡るのかも知れません。
 
桜川・白滝公園までは、大学キャンパスから徒歩10分です。

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2013年03月08日

河津桜の便りと丸池

河津桜は1月中旬から2月にかけて開花する早咲きの桜で、濃いピンク色。
ひと月ほど咲き続けるのが特徴です。
 
気温の低い日の続いた今年は、今頃がちょうど見頃を迎えました。



先日紹介した伊豆の国市韮山地区の川沿いもこのとおり。
ソメイヨシノと交互に植樹されていて、ソメイヨシノはまだまだですが、
河津桜は8部咲きです。(3月7日)



河津桜は1955年に河津町の民家で偶然原木が発見され、
その後新種の桜と判明して、1974年にカワヅサクラと命名されましたが
育てやすい、樹勢が強い、日陰に強い、成長が早い、寒さに強いなど
美しく長く咲くだけでなく、栽培しやすことからあちこちに植樹されています。







三島市の隣、清水町にある「丸池」にも、咲いていました。





丸池は、室町時代にその起源が記されている古いため池で、
(一節には奈良時代とも言われています)
現在も農業用水の水源として利用されています。



池の中央まで細い通路があり、そこに石碑と神社がまつられている一風変わった池です。



石碑には、江戸時代この辺りの地区で水争いがあり、
その解決のために江戸の奉行所へ行ったまま
客死した2名(安右衛門と清兵衛)の名をとどめるために
古安、平清神社を建てて祀ったとの記録があります。

丸池は周辺が散策道として整備され、三島市とその近隣市町の憩いの場所になっています。
3週間後くらいには、池の周囲に植えられたソメイヨシノが見頃を迎えそうです。



清水町丸池までは、大学キャンパスから自転車で15分くらいです。

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2013年03月04日

花の便りが届き始めました。

大学のある三島市から伊豆半島方面へ車で15分ほど下ると
この時期には「いちご狩り」で知られる『伊豆の国市』に入ります。
 

 

 
完熟苺を直販しているハウス栽培農家もあります。
 
ちなみに、
静岡の苺の生産量は全国で5位
中でも伊豆の国市は静岡を代表する産地です。
 

 
3月に入り、菜の花の盛りが過ぎて
いちごハウスの周りでも、そろそろ桜の便りが聞かれます。
 

 

 
全国的にも有名な、早咲きの河津桜の花は、ほころんでいました。
それでも、今年は静岡県も気温が低く、
河津桜も例年に比べて開花が遅れています。
 

 
この写真の撮影日は3月1日ですので、
今頃はもう随分花も開いているのかも知れません。
花の便りが駆け足でやってくる伊豆地区です。
 

 

 
伊豆の国市江間界隈までは大学キャンパスから車で20分くらいです。
 

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2013年02月26日

さんしんギャラリー善に行って来ました。

三島市は、街中(まちなか)に30近くものギャラリーがあり、
プロの芸術家から趣味で活動している方まで、
展覧会が町のあちらこちらで開かれています。



絵画、陶芸、洋裁、文学歴史、古文書など
そのジャンルも多岐に渡っています。

この日は三島信用金庫本店にある「さんしんギャラリー善」を訪ねてみました。



電線が邪魔になっていて写真ではわかりにくいですが、
この建物はは昭和初期のモダンでおしゃれな外観に特色があり
{1936年(昭和11年)頃に建てられた}
三島市のシンボルとして市民に長年愛されてきたので、
一昨年のリニューアル時には、
その外観と玄関ポーチの柱や飾りは復元されました。



4階がギャラリー善です。
モダンであり、和モダン。
洋の東西を問わない空間でした。


 
これまで実施された作家のパンフレットがあったので
いただいて来ました。

今年2月までの展覧会
昨年実施されたもの
2011年のもの



どのパンフレットもギャラリーオリジナルで丁寧に作られています。



こんなスタンプカードもいただきました。



毎月1つずつ、来場する度にスタンプを押してくれるそうです。
  
『さんしんギャラリー善』は大学キャンパスから徒歩10分です。
 

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2013年02月20日

若山牧水と三島市

三島市出身の日本を代表する歌人、大岡信さんの言葉館を先に紹介しましたが、
大岡信さんが少年時代から愛誦していたのが、若山牧水の歌だったそうです。
(「折々のうた」より)



牧水は沼津市(三島市に隣接)に住まいしていましたが、
ここを拠点に箱根、三島、伊豆長岡(現在の伊豆の国市)と縁をつないでいきます。
特に、三島市内にある塚田病院を信頼し、親交を深めたことは大変有名です。
 

 
塚田医院は市内の名所「宮さんの川」沿いにあります。
昔の建物は最近になって取り壊され残っていませんが、
牧水の好んだ風情は今も残っています。
 

 
宮さんの川は以前にもこのブログで紹介しましたが、
市の整備事業により美しい流れを取り戻し
三島市のせせらぎを代表する川です。
 
そうは言っても、鯉や水鳥は昔から棲息していたそうです。
 

 

 
さて、若山牧水ですが、
三島市に隣接する沼津市には、若山牧水記念館があります。
 

 

 
若山牧水というと、中学の教科書にも出てくる
『幾山河 越えさり行かば寂しさの 終てなむ国ぞ今日も旅ゆく』の歌が有名ですが、
全国に280基もある牧水の歌碑のうち
一番最初に建てられたのが、沼津市です。
 
牧水記念館の通りは文学の道と名付けられたバス通りですが
とても静かな佇まいです。
 

 
牧水は九州日向の生まれですが、壮年からの半生を沼津市民として過ごし
沼津で最も愛したのは千本松原であったそうです。
今でも千本松原は、近隣の方のみならず遠くからもウォーキングに訪れる
地域の名所になっています。
 

 
三島市塚田医院までは大学キャンパスから自転車で8分。
沼津市千本松原は、キャンパスから車で15分ほどです。
この日は曇り空でしたが、晴れた日は堤防沿いに海が眼前に広がる
絶景で知られています。

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2013年02月08日

伊豆フルーツパークへ行って来ました。

先月20日にオープンしたばかりの
伊豆フルーツパークに行って来ました。



平日の午前とあって、人影もまばらでしたが、
駐車場がこ〜んなに広く
いちご狩りも準備万端!!







いちご狩りを楽しめるハウスは、
『ハウス群』と呼ぶにふさわしい施設です。


 
ハウスの中は広大ないちご畑が広がっていて、壮観な趣。
 

 

 
中は、いちごすずなり!!大人も子どもも楽しめそうです。
 

 

 
建物の中は、地域の土産物や特産品が販売されています。
 

 

 

 
2階はこれまた広〜いレストラン。
たくさんの人が観光に訪れる事を見越して作られた施設です。
 

 

 
伊豆フルーツパークは箱根登り口。
大学キャンパスから車で10分。
JR三島駅からバスも出ています。(約20分)

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2013年01月29日

大岡信ことば館

大学のある三島市は
多くの文人に愛された場所としても知られています。

この日は、三島駅北口にある大岡信ことば館を訪ねてみました。
 

 

 

 
大岡信さんは菊池寛賞、読売文学賞など受賞多数、
その詩は世界数か国語に翻訳され、
海外でも目覚ましい活躍をおさめている日本を代表する詩人で三島市出身。
 
市内のあちらこちらには大岡信さんの歌碑が設置されています。
 

 
ことば館一階のショップには
大岡信さんの代表著作「折々の詩」をはじめ
たくさんの著作や
 

 

 
企画展にちなんだ夢のあるグッズが展示販売されています。
 

 

 
近隣の文学芸術関連施設の情報も
興味をそそられるものがたくさん紹介されていました。
 

 

 
現在、『大岡信の万葉集展』が、2月24日まで開催されています。 
 

 
大岡信ことば館は
大学キャンパスから徒歩5分
三島駅北口校舎隣です。

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2013年01月24日

韮山反射炉を世界遺産に<大場の久八 番外編>

昨年、
東京お台場の建設(江戸末期)にあたって、
現場監督として奔走した大場久八の話を紹介しましたが
このお台場の砲台を鋳造した炉が
今でも伊豆の国市韮山に残っています。

幕末期の日本では、迫り来る諸外国の艦隊に対する防衛策のひとつとして
進歩した西洋砲術を取り入れ、かつ、鉄製の大砲を鋳造するために
九州地方、静岡、岩手等に反射炉を建設しました。


韮山反射炉で鋳造されたと思われる砲と砲弾です。









実際に稼働した反射炉として世界で唯一残っているのが
この韮山反射炉です。
日本の製鉄技術導入の黎明期を象徴する重要な資産として
世界遺産登録へ向けての運動が活発化しています。







韮山反射炉へは、大学のある三島市から車で20分。
または、伊豆箱根鉄道伊豆長岡駅より伊豆箱根バス反射炉行きで約10分
終点「反射炉」で下車して徒歩すぐです。

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2013年01月11日

三島の昔話⑧<光安寺の鼻とり地蔵さん>

大学のある三島市は、
源頼朝ゆかりの神社・仏閣が多いのですが、
市内に56の寺院を有しており
寺院専有面積が日本で2番目に多いことはあまり知られていません。







古都京都・鎌倉に並ぶとはいかないまでも、
奈良時代には伊豆の国府「国分寺」が設けられたり(現在の泉町)、
中、近世には東海道の宿場町として栄えるなど、
歴史の中で育まれた特有の趣があり、
また日本史上重要な指定文化財も多く残っています。



<光安寺の地蔵菩薩>

三島の昔話「鼻取り地蔵」は
昔、農繁期に、どこからともなく現れて、
忙しい村人の田植えを手助けする一人の小僧さんがいたというお話です。

鼻取りというのは、今は知る人も少なくなりましたが、
牛の鼻に結わえた綱を使って、うまく牛を誘導する仕事で
田植えには欠かせない大切な役割です。
小僧さんは来る日も来る日も現れては鼻取りをして田植えを手伝い、
仕事が終わる頃に、誰も知らないうちに消えてしまう。
不思議に思った村人が後をつけたところ、光安寺の本堂の中に入って行ったのでした。
本堂の畳の上には泥のついた足跡が地蔵菩薩の像の下まで続いていたので、
光安寺の地蔵菩薩が手伝ってくれていたのかと村の人たちは大変感謝をし、
「鼻取り地蔵」のお話として今に伝わっています。

光安寺におまつりされている「鼻取り地蔵」です。
鎌倉中期後の慶派系の遺品で等身大の大きなお地蔵さまです。
(座高約75cm 寄木造りの座像 虚空蔵菩薩)



<光安寺の板碑>
 
光安寺には板碑(いたび)という青石の碑もあり、
本堂の中に、拓本と合わせて置かれています。


板碑は関東では鎌倉街道の街道筋の寺や辻に多く見られる
鎌倉時代から安土桃山時代にかけてつくられた供養塔だそうですが
箱根を越えて存在するのは大変めずらしく、
市の文化財に指定されています。



街中にありながら静かなたたずまいの光安寺





どこか親しみも感じます。



鼻とり地蔵さんは、何でも願いを叶えてくれるということで知られていて、
お寺を訪ねてお参りをする人も多いそうです。

街中のパワースポット 光安寺は三島市日の出町
大学キャンパスから自転車で5分です。

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2012年12月20日

三島の昔話⑦<箱根の雲助伝説:雲助徳利の墓>

箱根西坂(山中新田)一本杉の根元にユニークなお墓があります。
 

 
杯と徳利がモチーフになっているこのお墓の主は
松谷久四郎(俗称 久助)という人で
武家の生まれとも云われ、相当な器量人だったようですが
一生を雲助で終わったと伝わっています。
  

 
この言われに記されているように、
大名家の剣術指南役まで努めた剣の使い手で、
弱きを助け強きをくじく、面倒見のよい人柄でしたので、
雲助仲間はもちろん街道沿いの百姓、商人からも大変慕われたようでした。
 
終生お酒を愛し、楽しみ、酒とともに一生を終えたので
その死後、「あの世でも好きな酒を」と
彼を慕う人たちによって作られたのがこのお墓です。
   
下の写真は
山中城跡歩道橋からみる一号線と、
その横にある一本杉(お墓のある場所)です。
 

 
降りてみると、
雲助徳利の墓までは復元された石畳が敷かれていました。
 

 

 
この願合寺地区で発掘された石畳道は、幅2間、長さ706m。
保存状態も良好だったということで
少し中へ進んでみました。
 

 

 
訪れた時はまだ紅葉が色づいて美しい箱根旧街道でした。
  

 
箱根西坂 雲助徳利の墓までは
大学から車で15分くらいです。
 

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2012年12月10日

市内大通り商店街の外看板②

12月に入って急に冬めいた三島市
今月のウィンドウディスプレイはやっぱりクリスマスです。
 

 
大きなツリーを店内に飾るお店も・・・。
 

 
以前紹介した
大通り商店街・おもしろ看板紹介の続きです。
(9月24日紹介分はこちら
ここに掲載している看板の写真は今年9月に撮影したものです。)
 
食べ物やさんでは
 

 

 

 

 

 

 
お米屋さん?と思ったら
でんきやさん。
 

 

 
もう一軒別の電気屋さん
 

 

 
洋服屋さん、印鑑屋さん、そして英語教室。
  

 

 


他にもお店がいっぱいの三島大通り商店街。
今年もお買い物はもちろん、
お祭りや催し物で、市民の暮らしを楽しくしてれました。
 
大通り商店街は大学キャンパスから徒歩15分くらいです。

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2012年12月04日

三島の昔話⑥<箱根の雲助伝説:脚気地蔵>

箱根旧街道は、ひとたび雨が降ると
膝までぬかるんでしまうほど険しい山道だったのを
江戸時代に徳川幕府により段階的に改良されたという記録が残っています。
 
↓三島市によって復元された箱根旧街道の石畳
 

 
この街道で、
旅人の荷物を持ったり、籠かきとして働いていた人足達は
雲助(くもすけ)と呼ばれていましたが
この、雲助にまつわる三島の昔話が残っています。
 
<脚気地蔵> 別名「箱根の親知らず子知らず地蔵」
 
家出した息子を探しに来た父親(大阪の呉服問屋)が箱根峠近くまでたどり着いたけれども
たまたま脚気(かっけ)で動けなくなりそこに雲助がとおりかかります。
 
この雲助こそが旅人が探していた息子なのですが、
時を経て年老いたので、父ということに気づきません。
   
病状はきわめて重く、雲助は少しでも良くならないかと手を尽くしてみましたが
そのうち、旅人が大金(7両2分:現在の56万円くらい)を持っていることに気づき、
その旅の老人を殺害して財布を奪ってしまいます。
後で財布の中に入っていた名札で自分の父と知って悲嘆に暮れ、
そして、この事実を書き置きとして、山中城下の宗閑寺で自害。
この親子のこの上ない不幸な巡り合わせに同情し、
土地の人々が供養のために石碑を建てたのが現在ある地蔵尊碑です。
   

 
2~3年ほど前までは整備されていた地蔵尊碑でしたが、
暴風のためでしょうか、樹木が入口の参道を塞いでしまい
その所在がわかりにくくなっていました。
   

 

 
通りからはほんの3メートルほど。
倒木をよけて分け入ると祀られている地蔵尊碑へ行き着きます。
 

 
脚気地蔵は、
静岡県と神奈川県のちょうど県境。箱根峠です。
 

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2012年11月29日

三島の昔話⑤<手無し地蔵・妻塚>

平安時代の末期。源頼朝が伊豆(現在の韮山蛭が小島)に流され、
源氏再興の旗揚げを三嶋大社で行ったことから
大学のある三島市には、源頼朝にまつわる名所・旧跡が
様々な言い伝えとともに残っています。
 
そのひとつがこの<手無地蔵>です。
 
<手無地蔵>
 

 
三嶋大社の前からまっすぐ伊豆半島南端へ伸びている、
旧下田街道をしばらく南へ下ったところにある小さなお堂です。
近頃、多くの小神社が整備されて、公民館を併設するのを見かけますが
この手無地蔵も例外ではありません。
 

 
この地蔵堂近辺にあったと思われる様々な石碑は開発とともに移動され、
今はここにこうして、一同に介しています。
 

 
手無地蔵の伝承は以下の通りです。
 

 
この辺りはその昔森だったのだけれど、
一度火事になり、その後このお堂が建った。
お堂の傍には石地蔵があったのだけれど、よく化けては人を驚かせていた。
 
ある日いつものように化けて通りがかりの若侍の髪を引いたら、
その侍に左手を切り落とされてしまった。
この侍こそは源頼朝であり、手を切り落とされた石地蔵は
「手無地蔵」と呼ばれるようになった。
 
また、ここよりも更に三島市内寄りにある
<妻塚観音堂>の云われもあります。
 

 
妻塚観音堂は三島市の中心市街地にひっそりとたたずんでおり
ついうっかり通り過ぎてしまいそうなくらいです。
 

 
その昔、
源頼朝暗殺をもくろんでいた豪族(大庭景親)が、
三嶋大社へ、平家打倒の祈念に通う源頼朝を狙って待ち伏せをしていた。
ところが、頼朝暗殺を止めさせようと、頼朝の身代わりになった妻を
それとは知らずに殺害してしまう。(大庭景親の妻は源氏ゆかりの人)
大変悲しんだ大庭景親はその地に妻を供養するための塚を建てるわけですが、
 
この出来事以来八百余年
周辺の村人がここにお堂を建て、霊を慰めて現在に至っているとのことで
明治三十四年に建てられた石碑にはこの観音堂の世話人の名前が刻まれており
この地区の方たちによってお祀りされていることがわかります。
 

 

 
毎年9月には今でも例祭が行われています。
 

 
 
<手無地蔵>は、伊豆箱根鉄道三島二日町駅から徒歩12分
<妻塚>は、伊豆箱根鉄道三島田町駅から徒歩3分です。

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2012年11月26日

箱根町(神奈川県足柄下郡)に三島町?

箱根に「三島」という地名があるというので、
由来を調べつつ訪ねてみました。

11月下旬の3連休直前、
箱根路は紅葉が大分進んでいました。
 


箱根町の三島町は、箱根関所のある辺りで、
箱根駅伝ミュージアムがあり、
周辺も箱根駅伝にまつわる展示が目につきました。
 

 

 

 
駅伝ミュージアムには本学の旗も掲げられ・・・
 

 

 

 
ちなみに、本学駅伝公式サイトはこちらです。
今年は2年ぶり83回目の出場が決まっています。
頑張って下さい!応援しています。
 
さて、
この箱根関所の交差点の辻で旅館を営まれている川口屋さんが
箱根宿成立の由来を記していました。
 

 

 
これによると、
箱根の宿場は1618年徳川幕府によって開かれたとあります。
山野を拓き、伊豆の国三島宿と相模の国小田原宿から50戸ずつ移住させ
約600人で人為的に箱根宿を造りまた、
二つの系統によって支配されていたとあります。
 
成り立ちを今に伝える看板には
川口屋さんの名前が・・・
  

 
この宿が拓かれた江戸初期当時は、
霧が深く寒さがきびしく田畑も無かったと
当時の様子が文語体で書き記されています。
 

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2012年11月13日

三島傘と竹あかりのライトアップがきれいです。

秋から冬にかけて、日が短くなる時期
市内を竹あかりで彩る『あかりの回廊』が催されています。

10月の「あかりのプロムナード」
    「みしまハロウィンナイト」に続いて
 
今回は、「過去と未来が触れ合う光の庭」、三島傘と竹あかりのライトアップです。

手ぶれしていますが、雰囲気が伝わるでしょうか。
 

 

 

 
今年は、
かつて三島が全国に誇った伝統工芸「三島傘」もミニチュアとして復活。
日本大学三島高等学校 美術部
三島南高等学校 美術部
日本絵手紙協会 公認講師 長谷川敏子氏の手になる
三島の四季が描かれ、ライトアップされています。
 

 

 

 
昼間はこんな光景です。
三島和傘のディスプレイはゆうホール側の入口になります。
  

 

 
楽寿園の中は、今真っ盛りの菊や散策道がライトアップされて、
幽玄な秋の夜を楽しめます。
 

 

 

 
ライトアップは午後4時から夜10時まで。
今月30日(金)まで開催されています。

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2012年11月08日

三島の昔話④<大場の久八>

伊豆国間宮村(現在の田方郡函南町)生まれの大場久八は、
現在では全国から人が集る観光地となった、東京湾岸のお台場を作った人です。
実は、元々は任侠人ですが、剣術、知識に優れている、心の広い慈善家として
三島の昔話に語り継がれています。
 

(久八の墓所がある、広渡寺)
 
静岡県で有名な渡世人といえば、清水次郎長(1820年ー1893年)ですが
久八は(本名 森久治郎 1814年ー1892年)で、ほぼ同時代を生きています。
次郎長が数々の時代劇や浪曲、映画になっているのに比べて
大場久八は必ずしもメジャーではありませんが、
かなり奇抜なアイデアと手法を用いる、仕事のできる実務家だったそうです。
 

(広渡寺境内)
 
♦品川沖お台場の土盛を指揮して
1000人とも2000人とも言われる、現在で言えば派遣社員を創出して
大事業をやってのけた。
 
♦安政の大地震(1854年)の時には、ただちに義援金を募り、
奉行所の許可の下、被災者に公平に分配した。
 
♦困窮していた東京三宅島の島民に資金を融通した。
 
♦伊豆沖で難破したロシア軍艦ディアナ号の乗組員を援助した。
 
♦明治維新後は渡世人稼業から足を洗って帰農し、
下田街道の改修や村の小学校建設に貢献した。
 
しっかりと歴史の紐を解けば、
大場久八はもっとたくさんの功績を残しているかも知れません。
 

(久八のお墓はお寺の墓所の一角)
 

 
境内には新しく建てられたばかりの「久八成就地蔵尊」があり、
亡くなって120年経て、今なお久八が慕われている様子が伺えます。
  
幕末から明治維新にかけて、数々の功績を残した大場久八の墓所は、
伊豆箱根鉄道大場駅から徒歩7分です。
 

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2012年10月31日

<こわめし坂>番外編 箱根旧街道と朝鮮通信使の宿・松雲寺




箱根旧街道とは、
慶長九年(1604年)に江戸幕府によって整備された東海道のうち
小田原宿と三島宿を結ぶ標高845mの箱根峠を越える
箱根八里(約32Km)の区間です。





現在では舗装された道から山を管理するための林道が
ところどころに整備されています。





前回紹介した<こわめし坂>を少し三島市側へ下ると
明治天皇の史跡がありました。



東海道は明治に入ってから「国道」と改められるのですが
(現在の国道1号線と15号線)
明治天皇は東海道にその足跡を多く残されています。

このお寺、松雲寺もそのひとつ。
境内に入ると明治天皇が腰掛けてお休みなったという石がありました。


 

 

 
この石に座ってみる景色は絶景で
眼下には三島の町がひろがっており、また
ここに植えられていた樹齢を重ねた大木が狩野川台風で折れた際に、
その、村の防風の恩に報いて祀られているなど
こじんまりとしながらも、すがすがしい境内でした。
 

 

 

 
寺の庭にある三島市の保存樹木も樹齢350年を数えるというので
その歴史を紐解いてみると
 
開闢が1644年の江戸初期。
東海道を往還する参勤交代の大名たちの休息所となり、
朝鮮通信使や徳川14代家成、15代慶喜の寺本陣ともなり
明治天皇は三ツ谷新田御小休所として度々寄ったとの記録があり
そしてまた、
明治時代(6年から43年まで)は、寺子屋教室(後の坂小学校)だったそうです。
 

 

 
松雲寺までは大学から車で10分
路線バスではバス停「松雲寺前」下車になります。

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2012年10月27日

三島の民話③<こわめし坂>

 

  

 
「こわめし坂」は
箱根旧街道の三島市三ツ谷から笹原へかけての長い急坂で、
現在の下長坂(しもながさか)です。
箱根西坂ではもっとも険しい道として
昔から旅人泣かせであったと伝わっています。
 
中でももっとも斜度の大きそうな坂の傾斜を紐を使って撮ると
これくらいの坂道です。
  

 
こうして見ると、さほどでもない傾斜のようですが、
この勾配がずーっと長く続いていきます。
 

 

 
現在、道の両側は閑静な住宅街になっています。
昔の街道筋はどんな景色だったのでしょう。
 

 
<こわめし坂>の由来ですが、
背に負った米も人の汗や蒸気で蒸されて、
ついに強飯(こわめし)のようになるところから
「こわめし坂」と呼ばれるようになったと言われていますが、
坂の登り口に「こわめし」を食べさせる茶屋があったとか、
旅人が赤飯(こわめし)のような真っ赤な顔をして登ったから
そう呼ばれるようになったなど、
この話には諸説あります。
 
ちなみに、この坂の入口(下から登る)はこんな風情が残っていました。
この木々のトンネルを抜けると
さきほど紹介した集落へ出るのです。
 

 
道幅はこれくらいです。石畳だったら、本当に昔の風情そのままなのかもしれません。
  

 
こわめし坂へは大学キャンパスから車で10分。
三島駅から元箱根行きの路線バスも出ています。

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2012年10月23日

三島の民話②<言成地蔵尊>

三島市から伊豆半島の南端、下田まで向う旧下田街道沿いに
小さいけれどもしっかりした造りの地蔵堂があります。

「言成地蔵尊」と書いて「言いなり地蔵尊」と言うのですが、
祈願すれば何でも叶えてくれるありがたいお地蔵様ということで
今でも大切にお祀りされています。







実は、この地蔵尊が祀られるきっかけになったのが
江戸時代(1687年)の春に起きたとされる、
現在の三島市東本町に住んでいた小菊という幼女の悲しくて無惨な事件です。



境内に建てられている看板に書かれた由来は以下のとおりです。
 
<言成地蔵尊の由来 略>++++
小菊(当時6歳)は
道の向こうにいる母親の元へ行こうと、
うっかり大名行列を横切ってしまった。

短気で二十五歳のわがままな大名のために、
本人はもとより
問屋場、町名主、本陣、
玉沢妙法華寺(十万石の格式ある上人)など
様々な方面からの助命嘆願もならず
結局大名の言い成りに無惨に斬り殺されたところから
 
小菊の死を悼んだ里人(当時の三島宿の人々)が
地蔵尊としてまつり、言い成り地蔵と名付け、今も線香の煙が絶えない。
++++
 
この言成地蔵尊は駿河一國 百地蔵尊 第99番に数えられ、寺院名は「小菊堂」
毎年9月23日には例祭が開かれ、お札やお守り、ポストカードも売られています。
 

 

 
小菊堂・なんでも願いを叶えてくれるというパワースポット「言成地蔵尊」は
大学キャンパスから徒歩20分です。
 

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2012年10月09日

三島の民話①<孝行犬>と本陣の門(円明寺)

三島市のある静岡県は、
東北や信州に比べると民話が少ないと言われています。
それは、東海道の要所で人の交流が多く、
次々と新しい文化がもたらされて、語り部の話が残りにくかったことや、
温暖な気候のために、
こたつ談義の機会が少なかったからなどと言われていますが、
 
三島市には、史実に基づいた昔話や教え、
口承文芸として残って来た民話が数多くあり、
また、市でもそれを後世に伝えるための努力がなされています。
 
この日は
「孝行犬」という話に由来する円明寺という寺を訪ねて来ました。
 
鎌倉古道から見た円明寺の参道です。
 

 
参道の入口には石造りの本が設置されて
孝行犬の話が挿絵とともに書かれています。
 

 

 
お寺の境内には、孝行犬のお墓や記録があり、
ただの昔話と思っていたら、実際にいた犬だということがわかりました。
 

 
母犬の看病のために餌を運ぶ姿を刻まれた石像や
その当時のことが刻まれたお寺の縁起
 

 

 
円明寺は、三島に残る由緒ある寺のひとつで
その最初の建立は670年程前に遡ります。
数々の災害に遭いながらもその都度再建されて
現在は三島市の観光名所のひとつであり、
とても風情あるたたずまいでした。
 

 

 
特筆すべきなのはこのお寺の山門です。
 

 
山門は、旧三島本陣の門で、1685年三島大火の後に
本陣よりここへ移されたもので
建築学的にも非常に貴重な資料です。
 

 

 

 
ちなみに、この門のあった樋口本陣は、
現在は本町の山田園あたりにあったと伝わっています。
 

 

 

 
孝行犬の墓と江戸時代に移築された本陣の山門が残る円明寺、
そして、現在の本陣跡までは、
いずれも大学キャンパスから徒歩15分くらいです。
 

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2012年09月24日

市内大通り商店街の外看板①

ようやく涼しくなって来た三島市です。

今日は先月8日に少しだけ紹介した
三島市内商店街のおもしろ外看板の
続きの紹介です。





201209243577.jpg

この特色ある外看板を掲げているのは旧東海道にあたる
三嶋大社の前の通り、三島大通り商店街です。
(県道22号線、三島富士線とも呼ばれています)

お店の特色がそのまま外看板になっているので
通りを歩く時に少し目線を高くすると
もうひとつ違った楽しい風情が目に入ります。

お店の名前を絵にしたもの





ダンススクールの外看板



バッグやさん



ひとつひとつ作りも凝っています。





これは、街中の書店です。
本学部の学生の利用も多い、人気の書店です。





三島大通り商店街は、キャンパスから徒歩15分くらい。
今日紹介したのは、三嶋大社から西へ向って通りの左側の外看板です。

毎年11月3日(土)には、この通りを歩行者天国にして
「秋の大通り宿場まつり」が開かれます。

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2012年09月13日

駿河湾沼津サービスエリア<下り>

新東名高速道路(第二東名)の名所のひとつ、駿河湾沼津サービスエリア。
<上り>は以前ご紹介しましたが、今回は天気のよい日を選んで、
<下り>のサービスエリアへ行って来ました。
 

 

 
建物がブルーを基調としているからか、落ち着いたたたずまいです。
 

 

 

 

 
コンビニがあり、
 

 
おしゃれなトイレがあり
 

 

 
そして、ドッグカフェ(パン屋さん)、ドッグランも充実!
 

 

 

 
夏、水場は人間が使っても気持ち良さそう〜
 

 

 
建物の中は地場産品コーナーがあり
海の幸、山の幸と品揃えが充実!
さすが静岡県東部(伊豆地区)を代表するマーケットです。
 
まず、農産物
 

 

 
生産者の顔の見える販売です。
 

 

 
そして、海産物
 

 

 
地場の食材を使ったお菓子も、
名物ヒット商品が生まれています。
 

 

 

 

 
フードコートは広々、ゆったり
 

 

 
オープンカフェも眺望が素晴らしかったです。
 

 

 
駿河湾沼津サービスエリア<下り>は
新東名高速道路からも、一般道からも入れます。
 
大学のある三島市からは
車で25分くらいです。
 

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2012年08月27日

今年も三島夏まつり(その3)

(その2)からの続きです。

夜になると提灯のあかりがひときわ美しく、
夏の夜を彩ります。
 

 

 

 
この山車の代表は町内会長さんでしょうか、
年季入ってます!
 

 
子どもたちも参加して、千人シャギリの音が夜空に響きます。
 

 

 
祭りのフィナーレは、三嶋大社前に当番町の山車が集合して
山車の競り合いが行われます。
写真には全てを納めにくかったのですが、撮ってみました。
 

 

 

 
山車のまとめ役、「山車部長」さん発見!
 

 

 
今年も、三島の夏がひと区切りです。
 

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2012年08月23日

今年も三島夏まつり2012 (その2)

(その1)からの続きです。

震災復興応援イベント「みちのく物産まつり」も
たくさんの人で賑わっていました。
 

 

 
『食べて、飲んで、味わって、東北を応援しよう!!』
というスローガンで、
東北六県の食品・特産品が展示即売!
 

 

福島県からは職人さん(?)も参加・実演
優れた工芸品が数多く展示されていました。
 

 

 

 

 
さて、通りのパレード紹介の続きです。
 
今年出会った中で珍しかったのは
万燈パレードです。
 

 

 

 
すれ違いながらそのまま三島大社へ行ってみると
勇壮な梯子乗りが行われていて、
ここもまたすごい人だかり
 

 

 
生憎の天気でしたが、
こんな形迫力ある(ポーズ)も披露されました。
 

 

 
日本の伝統芸能が満喫できるのも
この三島夏まつりの大きな特徴です。
  
(その3)へ続く

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2012年08月21日

今年も三島夏まつり2012 (その1)

今年も大変な賑わい!
待ちに待った三島夏まつりに行って来ました。


 
三島夏まつりは、毎年8月15・16・17日の三日間に渡って
市民総参加で繰り広げられる三嶋大社の夏の例大祭。
昔から、静岡県を代表する祭りのひとつに数えられています。
 

 
この3日間は市内各町内会の山車や出店が通りを飾り、
シャギリ大会などの伝統芸能や様々な団体のパレードで賑わいます。
 
子ども達が日頃の成果を披露する音楽パレード
 

 

 

 

 
そして三島と言えば、やっぱり農兵節です
 

 

 

 
この日の農兵武士パレードは『生歌』で
すごい迫力でした。
 

 
そして頼朝公旗揚げ行列!
 
源の頼朝は、「平治の乱」で平家に破れて伊豆に流人となっていましたが、
源氏再興の旗揚げを三嶋大社の例祭(8月17日)に行い
見事再興を果たしたという故事に習って行われる頼朝公旗揚げ行列は、
三島夏まつりのメインイベントです。
 

 
今年の源頼朝役は柳沢慎吾さん。
沿道も本人も大騒ぎで
いつになく明るいキャラの、源頼朝でした。
 

 

 

(その2へ続く)
 

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2012年08月08日

もうすぐ三島夏まつり


 
8月に入ると、三島夏まつりも秒読み!
この日はお祭りのメインストリートへ
夏を拾いに行って来ました。
 

 

 


夏の風情いっぱいの三嶋大社前
 

 

 

 
三嶋大社脇の横丁も、夏の光の効果で
映画のワンシーンのようでした。
 

通り沿いの人気雑貨店の店先には巣箱まで登場!?
 

いつしかうなぎ屋さんになっていた、保存建物の丸平
 

 
そして何といってもお盆ですから・・・
 

 
通りをそぞろ歩いていると
ふと目に入ったのが、店の軒先に飾られている吊り看板です。
 

 
気をつけて見ると、
それぞれ、店の特徴を活かした吊り看板を掲げていました。
 

 

 

 

 
三島の商店街は、このようなさりげない工夫が随所に見られます。
通り沿いにはまだたくさんの特色ある吊り看板がかけられているので
また後日まとめて紹介します。
 
さて、
お祭りの通りの入口になる、伊豆箱根鉄道三島広小路駅に
おまつりの告知が出ていました。
 


みんなが楽しみに待っている三島夏まつりは
8月15、16、17日です。

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2012年08月03日

水のからくり人形と大岡信さんの碑

三島市内のほぼ中心にある白滝公園には
「めぐみの子」というからくり人形があります。
 

 

 
人形の真ん前に立つと、
「よいしょ、よいしょ」という子どものかけ声とともに
水を汲み上げてくれるというので
早速やってみました。
 

 

 

 

 
お人形の洋服は、市内の方がボランティアで着せ替えているそうで、
この夏の時期は浴衣です。
 

 
めぐみの子のそばには
三島市出身の詩人、大岡信さんの詩が刻まれた碑がありました。
(三島市内の随所に、この様な碑が建てられています。)
 

 
大岡信さんは、現代詩人たちが共同で詩を制作する「連詩」を提唱し、
世界各国で精力的に連詩制作を行ってこられましたが、
その詩は、英語をはじめ、世界7カ国語に訳されています。
 
この、水のからくり人形「めぐみの子」は白滝公園の一角に、
そして、大岡信さんの言葉館は
国際関係学部三島駅北口校舎のすぐ隣です。

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2012年07月09日

夏だ!みしま風鈴だ!

大学のある三島市には、
「みしま風鈴」という、とってもかわいい手作りの風鈴があります。
 

 
三嶋大社前・日光陶器店の店先で、
今年も涼やかな音色を競うように販売されています。
 
「風を音にして聞く」
いかにも日本的な涼の形を、風鈴は今に伝えています。
 

 
運が良ければ、
屋台に風鈴をいっぱい下げて街中を売り歩く
「引き売り」に出会えるのですが、
今年はまだ会えていません。
 

三嶋大社前の横丁は、
昔からのたたずまいの残った商店が立ち並ぶ、
市内名所の一角になっています。
 

 
近づいてみると、映画でみるような駄菓子屋さんです。
 

 

 
ガラスケースには先日紹介した玉澤妙法華寺の案内が・・
 

 

 
風鈴を販売している日光陶器店はこんな店構えです
 

 
三島風鈴を製造販売している日光陶器界隈は
大学キャンパスから徒歩10分です。

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2012年06月30日

玉澤妙法華寺の蓮の花が咲いています。

源氏ゆかりの地として、古くから重要な拠点だったこともあり、
三島市には国、県、市 指定の重要な文化財を所持するお寺が多く残っています。


この日は観光名所としても知られている玉澤妙法華寺へ。
蓮の花が咲き始めたというので行っていました。



つぼみのたくさんついた今年の蓮です。





はすの向こうに見える建物は、大庫裏(くり:台所)です。
県内ではもっとも完備された姿で現存している、市指定文化財です。
(火災で焼失後、寛政5年1793年に再建)
 

 

 
この庫裏の他、中世の建築様式を今に伝える、市指定文化財の鐘楼、
 

 
その他、文政3年1821年に再建された祖師堂や書院などの伽藍が
今に残されています。
 
祖師堂
 

 
書院
 

  
本堂に安置されている金剛力士像は、
鎌倉時代に仏師湛慶(たんけい)によって作られたと伝えられています。
 

 

 
力士像の足元には履物がたくさん・・・
足腰の回復を祈願して、奉納されたものだそうです。
 

 
平家物語に語られた娑羅双樹や、推定樹齢350年のヤマザクラ、
頭を摘めた杉でしょうか、おもしろい植物も境内にはたくさんみつけることができました。
 

 

 

 

 

 
秋には見事な紅葉が楽しめるそうです。
この玉澤妙法華寺は、大学から車で20分くらいです。
(三島駅よりバスで20分)

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2012年06月14日

箱根路名所のあじさい畑

地元新聞やTVでもニュースになっている
満開のあじさい畑へ行ってみました。





地元新聞のインターネット情報によると
青果業を営む個人の方が育てているのだそうです。
あじさい畑の中には、こんな立て札が・・・





「素敵なあじさいをたくさん、ありがとうございます。」
思わず頭が下がります。

この日も愛好家の方たちが、この見事な光景を動画や写真に納めようと
道端に車を止めて撮影されていました。



あじさいの小径







寄って観ると様々なめずらしい種類の花がありました。







市内塚原新田国道一号線沿いのあじさい畑は
約40種類、850本。
今月末ぐらいまで楽しめるそうです。


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2012年05月23日

山中城跡(本丸編)

国際関係学部のある三島市は日本の歴史の宝庫。
歴史上重要な史跡が多いことでも知られていますが
この山中城跡も日本を代表する史跡です。
 

 

 
三島市では、約40年前にこの城跡の公園化を企画、
昭和48年度から全ての曲輪の全面発掘にふみきり
環境整備に着手しました。
 

 

 
今では旧東海道(現国道一号線を挟んで)
本丸跡は2時間、出城1時間の散策コースに整備されていますので
かなり大規模な発掘と整備だったことが想像されます。
 
山中城跡といえば、畝堀や障子堀
  

 

 

 
山城の弱点『水不足』を補うために作られた池
 

 

 
歩きやすいように整備された遊歩道や道標
 

 

 
土橋
 

 

 
本学の故・宮脇泰一教授によって復元された架橋も見つけました!
  

 
そして
この日は霞がかかっていましたが、ここからの展望も素晴らしいとのこと
 

 
この日は天気が良く、緑が本当にあざやかでした。
  

 

 

 
山城の最後の形をとどめている、日本でもめずらしい城跡
山中城跡です。

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2012年05月17日

日曜日は「山中城まつり」

三島市を代表するお祭りのひとつ「山中城まつり」が
来る5月20日、国指定史跡「山中城跡」で開かれます。



1558年から1570年(室町時代の末期)に
北条氏によって小田原防衛のために築城されましたが、
そのわずか十五年後
豊臣秀吉の小田原征伐の時に、
わずか半日で落城した悲劇の山城として今に伝わっています。
 
全体は下の看板のような地形を利用した大規模な城で
旧箱根街道が本丸と出丸の間を通っていました。
現在は三島市によって整備され、
散策コースとして観光客や市民の憩いの場所になっています。
 

 
出城への入口です。
手前には旧箱根街道の石畳(復元)が見えます。
 

 

 

 
出城の方へ行くと、おまつりの準備でしょうか、
グリーンの緩やかな斜面を利用した会場設営が始まっていました。
 

 

 
箱根小田原方面の山の眺めも良く。
 

 
山中城跡というと石を使わない山城の最後の姿をとどめている点で
学術的にも貴重な資料を提供しています。
 
たとえば、堀
 

 
すり鉢場曲輪
 

 
見張り台
 

 
出城はゆっくり散策して約一時間くらいのコースです。
(本丸の紹介に続きます。) 

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2012年05月11日

新東名高速道路 沼津駿河湾サービスエリア<上り>

4月中旬に開通したばかり。
このゴールデンウィークは、渋滞解消に大きく役立った
新東名高速道路のサービスエリアですが、
この日は一般道から訪ねてみました。

下の写真、山の中腹に見えるのが駿河湾沼津SAです。





このSAで話題になっているポイントは・・・・


1 地場産品が豊富な売店






2 沼津港の海の幸が食せるフードコート

この日は平日なのに団塊世代の方でかなり混んでいました。




3 素晴らしい駿河湾の眺め




4 ドッグラン





そして


5 テレビで盛んに話題になったお姫様トイレ







開通からもうすぐひと月になりますが、
まだまだ、ここそのものが観光地


 

 

 


 
大学のある三島市からは
車で25分くらいです。
 

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2012年04月19日

三島市の桜の名所 (2)

三島市の桜の名所の続きです。

今年は、花の咲き始めに強風の日があったとは言え
気候の良い日が続き
桜の見頃も長かった三島市です。

先日に続き、満開になった桜の名所を訪ねた時の記録です。
(4月10日頃)

市内、せせらぎコースの『宮さんの川周辺』
 

 




郊外に広がる住宅地の一角
『末広山周辺』







街中に残る、約72000㎡の広さのある自然公園『楽寿園』







楽寿園といえば、
昨年満水の様子をお知らせした小浜池を撮影してみました。
この時期、水のまったくない池の様子です。





ちなみに昨年の満水時はこんな様子でした。
同じ池とは思えません。
今年はどんな風情を見せてくれるのでしょう。

(↓昨年11月の小浜池の様子)




そして
最後はせせらぎコースの源兵衛川
散り始めた桜の花びらが川もを流れて
本当に美しい情緒を見せてくれました。

水が温もって魚も元気!



街中へと続く飛び石の道も新緑の準備が整っていました。





そして
下流の桜並木です。





こんな美しい道が、市民の生活道路でもあります。













他にも
市内の学校、小さな公園、施設・・・と
桜の見所は名所から名も無い小さな公園や広場までいっぱい。
 
今年も桜の咲き誇った、三島市です。

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2012年04月11日

三島市の桜の名所 (1)

三島市にはたくさんの桜の名所があります。
今年はそんな中から、撮影のチャンスに恵まれたところを
いくつかご紹介します。
 
初夏に美しく咲く蓮の花で有名な妙法華寺への道
『玉沢桜街道』(4月5日)
 

 




全国の研究者のために共同研究の機会や施設を提供したり、
国際的な学術交流を活発化するための国際シンポジウム等を開催するなど
遺伝学の分野で日本を代表する研究所、
『国立遺伝学研究所』(4月5日)
 



大学のすぐ近くにあって、
気候の良い時期になると、バーベキュー等で賑わう
『上岩崎公園』














 
→三島市の桜の名所(2)に続く

 
 

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2012年04月05日

今年も三嶋大社の桜がきれいです。

春はこの桜の話題からスタートする三島市
2日前の低気圧による強風からうまく難を逃れて
今を盛りと咲いています。
 

 

 
写真中央に見える赤い橋と社は、
北条政子が勧請した、厳島神社です。
 

 
三島市の隣町、沼津市に暮らした俳人、若山牧水が
三島夏まつりを詠んだ歌碑がありました。
 
『のずえなる 三島のまちのあげ花火
月夜の空に 消えて散るなり』
 


総門への参道も美しいですが、
 





門をくぐって中へ入ると、それはそれは見事です。
 





 

 

 
三島市のシンボル、三嶋大社へは
大学から徒歩15分です。

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2012年03月30日

三島八小路を探して<ちくりんじこうじ>と<すげこうじ>

最後に紹介するのは、
市内のメインストリートのひとつになった「竹林寺小路」と
現在はその所在がわからなくなってしまった「菅小路」です。
 
<竹林寺小路>
 
三島市役所前を通る、現在の国道21号線、
昔の甲州街道に続くメインストリートです。
 

 

 
下の写真の、斜め向こう角に見えるのが、三島市役所です。
 

 
他の小路は狭くて細い道が多くて案内のプレートが目立ちましたが
ここでは埋め込まれたプレートは歩道の片隅にあり
同じ大きさなのに、とても小さく感じました。
 

 
<菅小路>
 
そして長い年月の間にその所在がはっきりとわからなくなってしまった
「菅小路(すげこうじ)」ですが、
おおかたの場所は、竹林寺小路からさほど離れていない
間眠神社界隈と伝わっています。
 

 

 
間眠神社は、三島市に多い、源頼朝にゆかりのある神社で
小規模ながら古い歴史を担っています。
 

 

 
三嶋大社のすぐ傍らに金谷小路があったように、
この神社の近くに「菅小路」があったとすると、
この界隈は菅笠を作る職人の町だったのかも知れません。
 
神社周辺の細い道を歩いてみました。
 
 
 
なだらかな地形の残る古い坂道もありました。
これが「菅小路」でしょうか。
  
 
 
4回にわたってご紹介してきた三島八小路。
どの道も市内中心部にあり、大学から徒歩で訪ねる事ができる路です。
 
地図を片手に
在りし日の町の姿などを想像する散歩もおすすめできる三島市です。

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2012年03月27日

三島八小路を探して<ほそのこうじ>と<かなやこうじ>

三嶋大社の東側に残る生活道路に
細小路と金谷小路があります。

<細小路>



地図を頼りに訪ねてみると本当に狭く、
気づかず通り過ぎてしまうほどです。


 
通りを歩くと、何やら工事中・・・。
建物ができるのかと思ったら、駐車場なのだそうで、
何かが建造されるたびにこうしてきっちり測量されて
細小路は残ってきたのです。
 

 
細小路の出口です。
 

 
写真ではわかりにくいですが、
この辺りはなだらかな丘に発展した住宅街です。
 

 

 
すぐ近くを大場川が流れています。
 

 
閑静な住宅街に残る、細小路です。
 

 
<金谷小路>
 
日本史上大変貴重な三嶋暦発祥の地、三嶋暦師の館です。
 

 
この館から三嶋大社までカギ型に続く細い小道が
「かなやこうじ」です。
金物屋が多く営まれていたところからこう呼ばれたという説もあります。
 

 

 

 
他の小路のような「かなやこうじ」のプレートはありませんでしたが
三嶋暦師の館のそれを、3カ所ほどみつけました。
 

 

 

 
三嶋大社から三嶋暦師の館までの道標となっています。
 
この日は三嶋大社を目指したのですが、
広い道路を横切って更にその先へと続く、歩きがいのある抜け道の様でした。
 

 

 
目指す三嶋大社の駐車場です。
この日は河津桜が満開でした。
 

 
→竹林小路、菅小路に続く。

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2012年03月19日

三島八小路を探して<うえのこうじ>と<したのこうじ>

大学前のいちょう並木通り・国道21号線は、
古くは甲州街道につながる佐野街道と呼ばれていたそうですが、
この通りから市内に入る生活道路が、上の小路、下の小路です。
 
上の小路の入り口です。
いつもは気づかずに過ぎてしまっていたところです。
 

 

 
入り口にはプレートが埋め込まれていて
路地もきれいに整備されていました。
 

 

 
板塀に近寄ってみると、近頃はあまりみかけなくなった看板が・・。
 

 
この道はなだらかにカーブを描く坂道になっていて
途中には鎌倉時代から続いているお寺(心経寺)がありました。
 

 

 
狭い路地から見える市内の高層マンション。
 

 
一方通行ですが、車も通っています。
 

 
坂道を下りきると
以前紹介した桜川の流れる広い通りへ出ます。
 

 
こちらは下の小路の入り口です。
  

 

 

 
国道21号線を起点に、
上の小路と平行して、なだらかな曲線を描いて
桜川へと続いていました。
 

 

 

 

上の小路のプレートから坂道を下り、突き当たる桜川沿いを少し歩き、
今度はそこから坂道を上って下の小路のプレートまで行くと、徒歩で約10分くらい。
普段何気なく使っている道にも歴史の足跡が伺える八小路です。

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2012年03月08日

三島八小路を探して<さくらこうじ>と<とんやこうじ>


 
<さくらこうじ>
 
名前から、
昔、この辺りは、桜の美しい場所だったのかと思っていましたが
この桜小路の”さくら”は、
川沿いの細長い窪地を意味する『サク』という言葉に由来するのだそうで、
鎌倉古道と呼ばれる、中世から古代にさかのぼる、
三島では最も古い道のひとつと言われています。
 

 
三嶋大社の西門から写した桜小路の入り口です。
 

 
角には昔ながらのたたずまいの染物屋さんがあります。
 

 
少し通りを西に向かって歩くと、こんな建物も残っていました。
 

 
<とんやこうじ>
 

 

  
「といやこうじ」とも紹介されるこの道は
問屋場があったところからこの名がついたそうで、
「さくらこうじ」から旧東海道を渡って、伊豆箱根鉄道の田町駅まで
長く続いています。(諸説あります)
 
旧東海道から見る「とんやこうじ」の入り口です。
 

 
この写真左側の建物は三島市中央郵便局で
この場所が問屋場でした。
 

 

 

 

 
こうして古い道を訪ねると、
交通の要所として栄えた三島市の成り立ちが忍ばれます。
 

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2012年02月29日

三島八小路を探して<あじゃりこうじ>

三島市には、江戸時代の東海道よりも古い
「鎌倉古道」が残っていることは以前にも紹介しましたが、
 
町の中には、こんなプレートが埋め込まれている道もあります。
 

 
『あじゃりこうじ』=阿闍梨小路です。
 
三島市には八つの小路「三島八小路」と呼ばれている道があります。
大きな街道につながる道を小路と称していたようです。
 
阿闍梨は仏教用語で、弟子を導く役割を果たしていた僧侶のことで、
どうしてこの路に阿闍梨の名がついたかというと、
この路をまっすぐ上ったところに、奈良時代の国分寺があり
この路はその寺への参道だったそうなのです。
 
↓以前紹介した国分寺跡はこちら

奈良時代国分寺跡
 
現在の街道の様子です。
 

 

 

 
通り沿いには将棋クラブがあり
この日も中で対局を楽しんでいる方がいらっしゃいました。
 

 

 
窓に貼られた詰め将棋の問題
 

 
路への入り口はこんなに狭くて
気がつかずに通り過ぎてしまいそうなほどです。
 

 

 
路の始めに七石の一つ、市子石が残っていました。
阿闍梨小路の名残がこうして今も残っています。
 

 

 
他にも7つの路がありそうなので
順を追って紹介していきたいと思っています。

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2012年02月23日

富士山静岡空港

大学のある三島市は,
電車、バス、車などどんな手段でも首都圏へのアクセスが良いので
海外へ旅立つには、羽田、成田空港が便利ですが、
ここ、富士山静岡空港は約3年ほど前に県内に開港した
小さくてきれいな空港です。
 
韓国のハブ空港仁川(インチョン)空港への便が出ています。
 
 

 

 
建物に入ると、小さいながらも国際線を持つ空港らしい構えです。
 
 

 

 

 

 

 
 

 

 
静岡県のPRもあちらこちらで展開されていました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
静岡を代表する焼き物、志戸呂焼
 

 

 
搭乗手続きを済ませて出発ロビーに入ると
小さいながらも免税店が・・・
 

 

そして、たくさんの人が出発を待っていました。
 

 
最後に、この日空港から見えた富士山です。
飛行機に乗らなくても富士山を見るためにたくさんの人が訪れる
富士山静岡空港です。
 

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2012年02月17日

伊豆縦貫自動車道を走ってみました。

観光シーズンになると
自動車の混雑で渋滞だらけになってしまう伊豆半島でしたが
それらの混雑解消や災害対応を目的に新しい道路が次々と計画され

修善寺道路、伊豆中央道に続き、
伊豆縦貫自動車道の着工が始まり、一部開通しています。
 

 
東名沼津インターチェンジから、三島市の箱根登り口まで
これまでなら街中を抜けて40分以上はかかる道のりが
走ってみると10分足らずでした。
 
まず、隣町の長泉町を抜けて
 

 

 
左手に見えるのが、日本でも屈指の癌治療専門病院
長泉がんセンターです。
この道路が開通したことで、遠方からも楽に通えるようになったそうです。
 

 
東名高速道路のように親切な道路標識が設置されています。
 

 

 

 
そして大学のある三島市へ突入です
 

 
三島市郊外住宅街と富士山の眺め
 

 
安全走行への配慮も
 

 

 
そろそろ箱根の登り口へ合流です。
あっという間のドライブ
  

 
右折すると
以前ここでも紹介した松並木の道へ出ます。
ここはもう一般道路:国道一号線です。
 

 

 
工事はまだまだ続きます。
 

 
全線が開通すると終点の下田市まで約60分の道のりになるそうです。
人の流れや暮らしのパターンに大きな変化が生まれそうです。

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2012年02月07日

富士山の日に


 
静岡県で2月といえば「富士山の日」があります。
 
「富士山を世界文化遺産にしよう」
「富士山を世界自然遺産にしよう」など
美しい富士山を大切にしようという運動の象徴として
2月23日に富士山の日が設けられました。
 

 
大学のある三島市は「静岡県東部地区」に位置しますが
先日、東部地区の一番西側から三島市周辺まで
様々な姿を見せる富士山を
生活目線で撮影してみました。
 
これは、富士市(旧富士川町)からの眺めです。
広がる裾野の右側(南側)に、
愛鷹山塊(越前岳を最高峰に位牌岳、大岳、鋸岳、袴腰岳)が連なっています。
 

 

 
ここから三島方面へ移動して
富士市内から見る富士山です。
 

 
隣町沼津市までいくと、愛鷹山塊が手前に見えてきます。
 

 

 
三島駅北口バスターミナルからはこんな風に見えています。
 

 
富士山のお膝元御殿場市の近くまで寄って見ると
富士山もずいぶん大きくなります。
 

 

 
夏には多くの登山客も訪れる富士山の山開きは7月1日です。
登山を趣味にしている方はもとより
何か大きなことの挑戦する前や、自分を変えたい時など
さまざまな理由があって、富士登山を志す人も多いそうです。

富士山の総合案内はこちらです。
 

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2012年01月27日

伊豆の玄関口、三島駅<伊豆箱根鉄道編>

三島駅からは、伊豆半島を南に向かって
「伊豆箱根鉄道」が走っています。
伊豆半島の主要な町を通って、中伊豆にある修善寺駅まで
片道30分〜40分の私鉄です。

三島駅南口に隣接していますが
JR三島駅構内からそのまま乗り換えができます。

↓伊豆箱根鉄道三島駅です。





↓JR三島駅構内からの乗り換え表示





階段を上って行くと、
さすが、日本を代表する観光地伊豆の入り口らしく
広告の看板でいっぱい!









観光はもちろん、多くの人が通勤通学に
この電車を利用しています。



三島市民の足として、暮らしを支えています。

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2012年01月17日

伊豆の玄関口、三島駅<南口編>

三島駅南口です。
 

 

 

 
個性的なデザインの建物は三島市のシンボル「三嶋大社」を表したもので、
長年の間、市民に慣れ親しんで来ました。
 
このほど耐震性の問題で駅舎の立て替えが決まりましたが、
屋根のラインなど、これまでのシンボリックなイメージは踏襲されることになりました。
 

 

 

 
水の都にふさわしく、駅前広場には湧水を利用して小川も作られています。
 

 

 
すぐ隣には観光案内所があり、ここにも水のオブジェが
 

 

 

 
この観光案内所でレンタサイクルも借りれるんですね。
 
今はまだ寒いけれど、春先になればこの自転車に乗って、
三島市の魅力が満喫できると思います。
 

 

 
→伊豆箱根鉄道三島駅に続く

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2011年12月15日

伊豆の玄関口、三島駅<北口編>

今はあまり使われない言葉ですが、

古くから三島市は『口伊豆』と呼ばれる地域にあたり、
伊豆の玄関口として栄えていました。

口伊豆(三島~裾野、沼津、韮山、函南あたり)

三島駅は東海道本線・新幹線を挟んで、富士山側が北口、
伊豆半島側が南口になり、北と南ではまったく趣が異なります。
 
南口<在来線改札側・伊豆箱根鉄道線乗り換え口>
 

 
北口<新幹線改札側>
 

 
日本大学国際関係学部の新校舎は
来年春の竣工を目指して、北口駅前にて建設中です。
 
北口は快適空間指定区域に設定されており、
ところどころにオブジェが置かれ
12月の始めと言っても
腰をかけ、ひなたぼっこもできるくらい温暖です
 

 

 

 
バスターミナルには、来年の干支を背負ったバス?
 

 
・・・ではなく、
 

 
富士山の麓にある絶叫マシーンで有名な遊園地のPRですが
三島市は近隣に観光地が多いので
このような楽しげな観光情報がたくさん目につきます。
 
レストランも
 

 

 

 
そしてなんと言っても、
地元三島市で収穫された芋を使って作られる人気商品、
みしまコロッケも販売されていました。
この時期は、どんな種類の芋がつかわれるんだろう。
 

 
→三島駅<南口>に続きます。

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2011年12月02日

中郷温水池公園

これまで何度かに分けて紹介してきた
市内を流れる源兵衛川の終点がこの、中郷温水池です。




「温水池」
めずらしい名前だと思ったら、
農業用のため池なのです。
田んぼに水を入れる前に
ここに溜めて水温を上げるのだそうです。
 
それにしても
この日はお天気も良く、深くて透き通った湖水に風景が映りこんで、
本当に素晴らしい光景が見られました。
こんな美しいところが、三島市内にあるのです。

雲がなければ、富士山も湖面に映り込む
三島市を代表する絶景です。


 

 
護岸工事がされていない水辺がめずらしいと思って眺めていましたが、
実は、水環境整備の一環としてコンクリート護岸から
改変されたものなのだそうです。
 

 

 
水辺にはさまざまな植物が群生していて
たくさんの水鳥が羽を休めていました。
 

 

 
温水池の周辺は、散策できるコースが整備されていて
もちろん人も楽しめるようになっています。
 

 

 

 

 
三島温水池公園までは
大学キャンパスから自転車で10分くらいです。

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2011年11月25日

箱根路を行けば~松並木の残る旧東海道~


 
三島市から箱根へ向かう国道1号線(東海道)
箱根の上り口には、1キロほど続く松並木があります。
 

 

 
この松並木は、
江戸幕府二代将軍徳川秀忠が
1604年東海道大改修の際に植えたのが起源とされています。
 

 
最盛期には三島市に700本以上あったものが
現在は410本残っています。
このうち、
幹径35センチ以上の松190本を対象に
三島環境緑化研究会のメンバーが
毎年立冬(11月8日)にこも巻を行います。
 
こも巻は、樹木についた虫を駆除するためのしかけで
冬の寒い時期に、こもの中で越冬した虫たちを
一網打尽にするわけです。
こもは来年3月5日(啓蟄=虫が活動を始める日)に
取り外されます。
 
道行く人のための道標
 

 
車で行く人のための道標
 

 
松並木が途切れたあたりに、昭和43年に置かれた
大きな箱根路の碑と萬霊寺と書かれた小さな碑がありました。
(箱根路はともかく、萬霊寺ってなんだろう・・・。)
 

 

 
「箱根八里は馬でも越すが、
越すに越されぬ大井川」
 
箱根路の碑の裏には、有名な唄が刻まれ、
江戸時代の旅の難儀な様子が伺えました。
 
少し上って振り返るとこんな風情です。
 

 

 
この、箱根路の上り口までは
大学キャンパスから車で15分くらいです。

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2011年11月17日

小浜池が7年ぶりで満水

今年は例年になく湧水の量が多く、
三島市楽寿園の小浜池も7年ぶりに満水になりました。



201111161319.jpg


↓こちらは昨年の同じ場所にある水量計の写真です。
昨年はまったく水がなかった様子がわかります。
 

 
今年、湧水が多いのは、春先に雨量が多かったのと
富士山の雪が多かったために
地下水が押し出されて多量に湧き出ているのだと考えられています。
 

 

 

 

 
この日の三島市楽寿園はお天気も良く
植物のこも巻きも終わりすっかり冬したくが整っていました。
  

  
菊まつりが今を盛りに開催され
地元の人、観光客がたくさん訪れており
  

 

 
また、
野外授業でしょうか、
市内の小学生(2年生)が、目印の木をみつけては
大声で友達や先生を呼んだりして
穏やかな小春日和の午後でした。
  

 

 

 
三島市楽寿園は、三島駅南口から徒歩5分くらいです。

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2011年10月28日

せせらぎ散策 ”下源兵衛橋から〜”

下源兵衛橋からほどなく川下へ向かうと、
カワセミという美しい鳥の撮影ポイントとしても知られている
水の苑緑地があります。





カワセミの写真を撮ろうと、
愛好家のおじさんたちが、この日もカメラを据えて待ち構えていましたが
撮影には成功したのでしょうか。







水の苑緑地は、
すぐそばに車が走る片側二車線道路も通っているロケーションですが、
三島市の街中であることを忘れるくらい、
静かな湖畔のようなところでした。







私たちを癒してくれるばかりでなく、
様々な生き物が棲息する源兵衛川の恵みは、
本当に豊かです。



水の苑緑地までは
大学キャンパスから自転車で10分〜15分くらいです。

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2011年10月20日

市内に残る鎌倉の道とせせらぎ散歩

東海道が出来る前のメイン道路
『鎌倉古道』と呼ばれる道が
三島市内に通っています。

平成13年から17年にかけて三島市で行った
「街中がせせらぎ事業」の一環で、道もきれいに整備され
鎌倉古道も、現在はこのような景観になっています。
 

 
手前に見えるのは御殿川にかかる『赤橋』
 
傾斜のゆるやかな太鼓橋になっており、
車が自然とここで減速します。
 

 
学生さんも通る♪
 

 
ここも市内の名所のひとつです。
 

 

 
鎌倉古道は市内を流れる4つの川
源兵衛川
御殿川
宮さんの川
四ノ宮川に隣接しているのですが、
この日は源兵衛川を行けるところまで歩いてみようと思い、
前回紹介した三石神社裏道の踏切辺りから、
ずっと川を下ってみました。
 

 

 

 

 

 

 

 
市内の川辺の古い石段の滑り止めには
川原石が使われている箇所もあり・・・
 

 

 
「ここを歩きやすいように」
 
昔の人の細やかな気配りに心が温まった
せせらぎ散策でした。

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2011年10月14日

三石神社と「時の鐘」

三島市には
日本の原風景が垣間見える場所が町のそこここにあり
この日行ってみた三石神社への裏道もそのひとつです。





途中川岸に降りると、すぐ頭の上を伊豆箱根鉄道の線路が・・・
この川は、市内を流れる源兵衛川です。





石橋を渡って、線路を左に観ながら進むと





神社の境内に出ます。

今から250年以上前に祭られたのではないかと伝えられている三石神社。
(現在の社殿は平成3年に建てられたもの)





神社の境内には「時の鐘」と呼ばれている大きな釣り鐘があります。



江戸時代から三島宿に時間を知らせた鐘。
当時の三島宿の賑わいが忍ばれるとあって
今でも市民のみなさんに大切にされています。



更に10mほど歩くと、車の行き交う町のメイン道路、
本町通りに出ます。

本町通側から観る三石神社は、川にかかった源兵衛橋のすぐ隣
こんなに長い境内です。



三石神社までは、大学キャンパスから自転車で10分くらいです。

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2011年10月06日

修行道場(僧堂)のある禅寺、龍澤寺

今から250年程前に、白隠禅師によって開かれた名刹、
円通山 龍澤寺に行ってきました。



三島市の山沿い、杉林に囲まれた静寂の地
太い杉木立の道沿いには
慈母観音像や地蔵がお祀りされており
寺の歴史の重みが感じられます。









長く続いた杉木立を抜けてたどりついたお寺は
美しい庭園を備えており
伽藍は、無駄無く美しく配置されているように思えました。
映画のロケ地になったことも、あるのでは・・・。







座禅の修行道場(僧堂)があることでも知られており、
建物のどこをとっても
美しく手入れがなされていました。









鐘楼に誰かいると思ったら、
仏像が・・・





この寺は、大正時代に
山本玄峰老師
(太平洋戦争終結にあたって、
無条件降伏を時の内閣総理大臣鈴木貫太郎に進言した)が
廃寺寸前だったのを復興させたことでも知られており、
戦後日本史に登場する政治の中枢を担った人々が
たびたび訪れていたそうです。
 


林の中に静かにたたずんでいる
円通山龍澤寺へは大学キャンパスから車で15分くらい、または、
富士急シティーバス(「竜沢寺入口」で下車)が便利です。

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2011年09月28日

晩夏の上岩崎公園

本学部の東隣に、三島市の名所のひとつ、「上岩崎公園」があります。
秋の彼岸の少し前に行ってきました。
 

 

 
この公園は、桜の名所として知られていますが、
行ってみたら、水と緑に恵まれた、とても広い公園でした。
季節の良い時期は、ここでバーベキューもできるそうで・・・
 

 
芝のグランドから階段を降りると整備された散策コースやちびっこ広場がひろがります。
 

 

 

 

 
公園の横を流れる大場川にはコイが生息しています。
 

 

 

 

 
名勝の桜並木。この時期は落葉も始まっていました。
 

 

 
上岩崎公園は、本学部のすぐ東隣。
徒歩で5分くらいです。
(学生の、無用の駐車場利用は自粛禁止です)
次は、桜の季節に紹介したいと思います。

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2011年09月22日

三島市立図書館界隈(2)

三島市立図書館界隈の続きです。
(桜川と白滝公園)

以前ここで紹介した、三島水まつり(灯ろう流し)が行われた会場の
桜川です。
水深が浅いので、(大人のひざ下くらい)
夏には川遊びをしている人たちも多くみかけます。



桜川の長さは約4キロ。
農業用水としての利用が主なので、上流で分水されるために水深が浅いのでしょうか、
古くから三島市に暮らす人に尋ねると、
桜川はいつも浅くて、静かに流れているのだそうです。





1枚目の写真に写っている建物は白滝観音のお堂です。
白滝観音は、平安時代から水上にお祀りされているそうで、
(今の場所には江戸時代に移った)
今でも、町内の人たちの信仰を集めています。





この桜川の隣には、白滝公園があります。
白滝公園からも、桜川へ水が流れています。





公園の中は、林と水の流れで、避暑地のようになっています。









三島市立図書館は、
大学キャンパスから自転車で5分です。

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2011年09月13日

三島市立図書館界隈

三島市立図書館は、
市内中心部
美しい川や湖水の公園に囲まれた
住宅地の一角にあります。



図書館までのアプローチにも
小川が流れていてとても涼し気。





ここから徒歩5分圏内に
菰池公園と、
先日紹介した灯籠流しが行われている白滝公園という
三島市を代表する水の公園があります。

菰池からの街の眺めはちょっとした都会風



水がきれいで、魚がたくさん生息していますが、
釣は禁止のようです。




 

 
菰池から流れる水は住宅地を流れて
美しい景観を形成しています。
市内には、随所にこういう光景が見られます。
 

 

 
ここも、三島市の、せせらぎの河川のひとつです。
 

 
次の三島市の紹介は、白滝公園と桜川の紹介へ続きます。
 

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2011年08月19日

三島夏まつり2011の夜(その2)

祭り二日目、16日の夜です。

この日は、千人しゃぎりに出会いました。





大人も子どもも集って大勢で屋台を囃すので
千人しゃぎりと言うのだそうです。

三島市内の各町内にある「しゃぎり保存会」の活動等で
古き良き伝統が今に引き継がれています。
 






三島夏まつりは、
古くからあるものと、
それらがブラッシュアップされたものがうまく融合して
とても活気のある祭になっています。

祭り太鼓のパレードも迫力満天










 
子どもたちはよく動くので写真もブレブレ
大人と並んで太鼓を叩いて歩いている子もいれば
こうしてこどもだけで集まって囃している子たちもいました。



2回に渡って紹介してきた以外にも、
三嶋大社前で開かれる子どもしゃぎり大会ほか
今年もたくさんのイベントが行われました。

三島といえば、三嶋大社、大社といえば三島夏まつり。

伝統が息づく三島夏まつりは、毎年8月15日〜17日です。

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2011年08月18日

三島夏まつり2011の夜(その1)

毎年ここで紹介している三島を代表する「三島夏まつり」

今年は、未曾有の災害となった東日本大震災復興応援イベントや
被災地にまつりのうちわを2万本送る「うちわプロジェクト」も企画され
被災地の一日も早い復興を合わせて祈念するまつりになりました。

http://www.mishima-cci.or.jp/maturi/
 
山車に「がんばろう日本!」の横幕をつけた町内もありました。

 


このブログでは、毎年まつりの昼間の様子を紹介していましたが、
今年は薄暮から夜にかけての祭りの様子を紹介します。

毎年昼間からかなり混雑しますが
夜になると少しは涼しくなることもあってか、ますます人出が多くなり、
三嶋大社から三島広小路駅へ続く約700メートルの大通りは
屋台と人と山車でいっぱいになります。

毎年数え切れないくらいの数が通り沿いに延々とつづく屋台は
今年も健在!
 


山車はそれぞれの町名の提灯で綺麗に飾られて
勇壮にシャギリを打ち鳴らしながら練歩きます。
 

 

 
山車それぞれが町内の特色で彩られています。
浴衣も町内ごとにみんなデザインが違います。
 

 

 
この夏祭りは、ここでも何度か紹介している三嶋大社の大祭なのですが、
1日目15日の夜は三嶋大社の前で山車の競り合いが行われるとあって
地元の人はもちろん、観光客でいっぱい
 
競り合いを披露する当番班の山車も集ってきました。
 
下は、15日夜の三島大社とその周辺の様子です。
 

 

 

 

 

 
山車が集まってきて、この日の祭りも最大の山場を迎えます。
競り合いは勇猛果敢で、その全容はなかなか写真には収めにくいですが、
三島夏まつりに来たら、ぜひ観てもらいたい、
一見の価値ある、祭りの見せ場です。
 

 

 
三嶋大社の大鳥居を背にすると、山車の大きさがわかるでしょうか。
 

 

(その2へ続く)

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2011年07月20日

夏の夜の風物詩 〜三島 みずまつり〜

7月16日
毎年、桜川と白滝公園で行われる、
灯籠流しに行ってきました。


 
三島市のお盆は、7月13、14、15日。
16日のこの日は送り盆にあたります。
各宗派のお坊さん(僧侶)が順番にお経を唱えて、
亡くなった方の供養をするのです。



水面を流れて行く灯籠はとても美しく
多くの人が川べりに集って、
灯りの流れていく様子を見守っていました。

今年は節電のため、
毎年たくさん飾られる提灯飾りは中止になりましたが
会場の白滝公園には出店が立ち並び
とてもにぎやかでした。
 

 

 

桜川と白滝公園の昼間の様子は、また後日紹介します。

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2011年07月14日

高速バスでGO! その2

三島名物「みしまコロッケ」をPRしながら走っているバス
「みしまコロッケ号」です。



箱根西麓三島のイモで作られたコロッケを
「みしまコロッケ」として、
様々な業者や個人商店がそれぞれの特色を出して生産し、
三島市の名物になっています。

この時期のイモは「じゃがいも」





自動販売機も、みしまコロッケをPR!





本学部の食堂でも、みしまコロッケ誕生の年に
大学オリジナルみしまコロッケが
ラジオが取材に来るほどの大人気(取材の様子)
また、食物栄養学科がみしまコロッケのイベントに参加したこともありました。

みしまコロッケ号は、三島〜渋谷・新宿を走っていて
料金も格安!





御当地名産は企業も個人もみんなで参加して
地産地消を目指している三島市です。
三島へ来たら、ぜひ「みしまコロッケ」を召し上がってください!

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2011年07月08日

せせらぎのシンボル『源兵衛川』

前回紹介した三島をPRしたバスに使われたせせらぎを
実体験してきました。
源兵衛川は、三島市楽寿園の湧水を水源とした長さ1.5Kmの農業用水路ですが、
この街中のせせらぎは川の一部、急いで歩くと5分くらいで通り過ぎますが
水の都三島の最も美しい場所のひとつです。








 
今日も水遊びをしている子ども連れのおかあさんたちや
時折ここをそぞろ歩く市民とすれ違いながら
10分くらいの川の散策でした。








 
人一人が通れるくらいの敷石が点々と続くのですが、
時々、途中すれ違えるようにこんな風に配置されています。
昨日は七夕なのに雨。
随分降りましたが、この川の水はこんなに清らかです。
今年は紹介できませんでしたが5月には自然生殖した蛍の乱舞が観られます。
  



 
来た道を振り返ると、こんなかんじ。
 







 
いよいよひろせ橋側への出口です。






 
夏は、大人も川の中をサンダルで散歩します。
三島へ来たらぜひとも歩いていただきたい名所。

源兵衛川までは、大学から自転車で15分くらいです。

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2011年07月04日

高速バスでGO!

三島の名所・名産をPRしながら走っているバスをみかけたので、
車庫へお邪魔して撮影してきました。



以前このブログでも少しだけ紹介したことのある名所
源兵衛川をはじめとする
三島の街中の、せせらぎの光景





そして名産品
箱根山麓三島野菜





新宿と三島を日に3往復しているそうです。





利用料金も随分安いみたい?



このバス以外に、
通称「コロッケ号」と呼ばれているバスも走っているらしいので、
名物「三島コロッケ」と合わせて、今度ご紹介します。

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2011年06月22日

東山旧岸邸へ行ってきました。





御殿場東山にある旧岸邸は、
岸信介(1896-1987)第56、57代内閣総理大臣の自邸として建てられた
日本の伝統的な数奇屋建築です。
 

 
竹林、東屋を抜けた奥に
洋室、和室(茶室も兼ねたもの)、
水屋(点前や茶事のための準備や片付け、茶わんを置いたりする場所)、日本庭園など、
みどころのある近代建築の美が、端正なたたずまいとして凝縮されています。
 
広い玄関ホールと坪庭
 

 

 

 
書斎、そして水屋があり、和室へと続きます。
 

 

 

 
和室には炉がきられており、また
縁側からは日本庭園へのアプローチが楽しめます。
 

 
私邸と言っても、公務も執り行われることを考慮して設計されているので、
居間・食堂はゆったりと仕立てられていました。
 

 

 
三越特製の食卓と椅子
 

 
食堂は、開放されると本当に広く庭園に一体化します。
 

 
小川の流れる庭園では多くの要人や外国からの賓客をもてなしたそうです。
伝統的な日本の文化をいっぱいに感じる中で
どんなシーンが展開されたのでしょうか。
 


 
この、日本を代表する昭和の政治家、岸信介の旧邸では
現在、「吉田茂から岸信介への書簡」(7月18日まで)が展示されています。
 

 
昭和34年〜35年(1960年)の書簡は
当時、国際社会へどう関わって行くかを模索していた
政治家たちの生きた証が実感できます。
 
旧岸邸までは、JR御殿場駅から車で15分です。

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2011年06月16日

富士山信仰と浅間神社

静岡と言えば富士山。
古来より日本には「「富士山信仰」がありますが、
この、富士山信仰の象徴となっているのが『浅間神社』です。


 
大学のある三島市近郊の御殿場市にも、
「新橋浅間神社」があり、
市の観光名所12選のひとつに選ばれています。
 




富士登山は相変わらずの人気で
高校生・大学生のグループも登山口で多く見かけます。
「自分を変えたい時や、大きな何かに挑戦する前に富士登山」
という人が多いと聞きます。
 
その昔、信仰で富士登山をしていた頃の
多くの「富士講」の碑が境内に残っていました。
明治・大正・昭和初期の富士講の名残です。
 







■一分間に300リットルもの水が湧き出る「木の花名水(このはなめいすい)」。
 
何と言っても特筆すべきなのはこの境内に自噴している湧水です。
 


この日もペットボトルを持った人が入れ替わり立ち替わり
水を汲みにやってきましたが、
ペットボトルの表面に結露するほど冷たく美味しい水です。
浅間神社が祀る女神、「木花咲耶毘売命(このはなさくやひめのみこと)」の名前をとって
「木の花名水(このはなめいすい)」と呼ばれて大切にされています。
 


神社の裏には、
これもまた湧水を利用して作られた庭園があり、
市民や観光客の憩いの場所になっています。
 






■七不思議に数えられている、拝殿と奥殿
 
拝殿と奥殿は、そう大きくありませんが、
品良く整えられた構えでした。
 
神社の拝殿と奥殿を結ぶ延長戦は富士山頂に達し、
南東に正殿と一の鳥居、二の鳥居を結ぶ線は、
箱根大湧谷を経て伊豆諸島および小笠原諸島を通り硫黄島に達するのだそうです。
(御殿場市観光協会ホームページより)
 






神社の横の公民館でおみくじも引けます。
鳥居とコーディネイトされたおみくじでした。
 


新橋浅間神社までは
JR御殿場駅から徒歩5分です。
 

 

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2011年06月08日

『樹空の森』に行ってきました。(その3)

この日も、冒険の丘では、子供達が沢山遊んでいました。
広大な自然公園ならではのなが〜い滑り台やフィールドアスレチック
大人が遊んでも大丈夫なのかな・・・・。




 

 
そしてそのすぐ横には「みずの広場」
上流から流れて、一度湖水(みずの広場)に溜まり
そこからまた流れて湖が形成されています。
 

 

 

 
公園の中に作られた川は、
暑い日には爽やかに水遊びができるように工夫されているんですね。
 

 
ビジターセンターの中は
富士山に関する資料が満載!
写真には撮りきれません
 

 

 
地元の小学生がまとめた、沢山の富士山レポート
一生懸命作成されたのが伝わってきました。
 

 

 

 

 
そして展示会、天空シアター。
 

 

 
この施設の中で食事もできます。
 

 

 
この富士山樹空の森は御殿場市印野
大学キャンパスから車で40分くらいです。

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2011年06月02日

『樹空の森』に行ってきました。(その2)

「樹空の森」では
大人も子どもも楽しみながら富士山を学べます。
自然公園はいくつかのゾーンに分かれていて、
散策が楽しい
「四季彩の丘」「さくらの散歩道」「こもれびの森」。
子供達が喜びそうな
「ヘリコプターの丘」「冒険の丘」「みずの広場」。
 
そして
急な雨でも安心な「まるびドーム」は
コンサートなどイベントもできそうでした。
  
ヘリコプターの丘・・・
本物のヘリコプターは、羽が長〜い
 




グリーンが広がるふれあい広場
なだらかに続く散策コース
こもれびの森


 




そしてまるびドームでは、この日幼稚園の子供達が遠足?
お弁当を食べながら、富士山の自然の話を聞いていました。







富士山を背景にこんなロケーションです。
 

 
園内は道に迷わないように、親切な道しるべがあちらこちらに建っていました。
 




(つづく)

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2011年05月31日

『樹空の森』に行ってきました。(その1)

静岡県を象徴する自然と言えば、やっぱり富士山 Mt.Fuji ♪
『樹空の森』と名付けられた富士山博物館に行ってきました。



『樹空の森』は大学のある三島市から北に
車で40分ほど行った御殿場市に新しくできた施設です。
楽しく富士山を知ることができるビジターセンターと
美しく整備された自然公園がありました。
 


出来たばかりの美しい建物は送水管も色分けされていておしゃれ〜







ペットも入園ができるようでした。





これは、シアターを通り抜けた最初のゾーン『溶岩広場』です。





自然公園へこのようにして誘われて行きます。

(つづく)

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2011年05月19日

日本の『食の台所』沼津港(その2)

沼津魚市場のすぐ隣には、
飲食店が軒を連ねる「港湾」と呼ばれる街が発達しています。
地元、沼津・三島近郊の人達はもちろん
首都圏からの利用客も多く
大勢の人がおいしい魚介料理を求めて集まってきます。
 
この写真は今年の春先に撮影したものです。
 

 

 

 

 
静岡名産、「沼津のひもの」を店先で販売も!!
 

 

 

 
まだまだ紹介しきれないほど、たくさんのお店があります。
 

 

 

 

 
沼津魚市場・港湾までは、
大学のある三島市 JR三島駅から電車・バスを利用して約40分です。
(運行時間に注意)

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2011年05月10日

日本の「食の台所」沼津港 (その1)

大学のある三島市には海がありませんが、
車で20分圏内に
日本を代表する沼津港(沼津市)があります。

今日紹介しているのは
地元では港湾と呼ばれる、魚市場側の港です。
 






350種類もの魚が水揚げされ、
静岡県全体の漁獲高の4割を占め、
沼津市内2ケ所にある魚市場から
全国に向けて出荷されます。





観光の名所にもなっている大型展望水門『びゅうお』





日本最大級の大きさで
晴れた日の360度の展望は
一見の価値ある素晴らしい眺めで知られています。

(→つづく)

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2011年04月18日

伊豆半島の南国情緒

大学のある三島市は伊豆半島の玄関口。
東伊豆、西伊豆、南伊豆、中伊豆と
半島は4つのエリアに分けられ、それぞれに違った趣が楽しめます。

この日は、車を使って中伊豆を通り東伊豆に出たのですが        
三島からは車で40分くらい南下した伊東市です。

写真は、東伊豆で最も人気があると言われるドライブイン、伊東マリンタウンです。

1Fはお土産物売場
2Fは海を眺めながら食事ができるおしゃれなレストランや
こだわりのラーメン店があり
この日は平日でしたが、観光客で賑わっていました。





伊豆半島を象徴するのは、何と言ってもこのシュロの並木。
地元の人にとっては見なれた風景ですが
どことなく南国の趣があります。



船が碇泊していて、子どもが遊ぶ広場もあります。



伊東マリンタウンまで電車で行くには、
JR線熱海駅から伊東線に乗り換え、
伊東駅からバスで5分です。

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2011年04月08日

大学前のイチョウ並木が景観重要樹木に指定!

大学のある三島市文教町界隈は学校が多く
以前このブログでも中学生から大学生まで
入り交じって下校時刻を迎える様子などを紹介しましたが、
  
この界隈で学ぶ、また、学んでいたみなさんの
思い出にもなっている大学前のイチョウ並木が
三島市の景観重要樹木に指定されました。
 
↓今日(4月8日付)の静岡新聞です。

 
現在は新緑待ちで、枝ばかりの並木になっていますが
昨年12月に撮影した、紅葉の時期の記録が残っているので
ご覧下さい。 
 
『黄色、きいろ、YELLOW!』
 
機会を作って
今年は新緑の並木をご紹介します。

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2011年04月01日

三嶋大社の桜が咲いたよ。

三嶋大社の桜が開花しました。



まだ0〜3分咲きくらいですが、
ほんのり美しく桜色に染まった境内には
観光客や市民のみなさんの姿がちらほら・・・・







桜まつりの灯ろうのある光景も
この時期の大社ならではです。







絵馬を見てみました。
すでに新しい目標へ向かう決意でいっぱいの中に、
東日本大震災の復興を願って
捧げられたものもたくさんありました。







境内には、夏祭りの時もそうですが
たくさんの出店が
桜の満開を今や遅しと待っています。





大学のある三島市に桜の春の訪れです。
来週中ごろから見頃を迎えるかな・・・・といった
今日の開花状況でした。

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2011年03月10日

今日の三島駅北口校舎(仮称)

新校舎の建設現場へ行ってきました。
 

 
平成24年3月完成予定
三島駅から見た様子が描かれているパース画です。
 

 
大学から三島駅を見ると、こんな風に見えます。
本当に駅のすぐ真横に位置しています。
 

 
塀の中の様子が見れないかと廻りこんで見ましたが、
残念ながらゲートが閉じていました。
現在は、こんな作業中....?
 

 

 

 
整備が進んで、すっかりきれいになった三島駅北口。
新校舎の完成が楽しみです。
 

 

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2011年03月03日

熱海まで電車で行けば(その2)

熱海駅です。







昔からたくさんの土産物店が立ち並んでいましたが、
駅の改装のため、
地元の方たちに惜しまれながら取り壊されて
今はこんな趣です。
 
駅前から坂を下って行くと、名所サンビーチに出ます。
この日は平日ということもあり
犬の散歩をしている人を数人見かけたくらいで
めずらしく人の少ないサンビーチ。
 





 
傾斜を利用してホテルが立ち並び
今年の観光シーズンももうすぐです。
 



 
梅まつりの時期だなと思って訪れたのですが、
市内を流れる糸川の両岸に植えられた桜も、
八重桜ですが、もう咲き始めていました。
  

 

 
国際関係学部のキャンパスの桜も今月末には見頃を迎えます。
あちらこちらに『サクラサク』春ですね。
 

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2011年02月21日

熱海まで電車で行けば(その1)





大学のある三島市から電車で15分程。
このごろは、温泉を引いたリゾートマンションが増加していますが、
それでもやっぱり、熱海市といえば、日本を代表する有名な観光地です。

この日(2月16日)は、梅まつりの真っ只中の熱海の街中を散策してみました。





昔ながらの温泉場というイメージだったので
高齢の方が多いだろうなと思っていたら、
意外にもそうでもなく・・・・
 



 
熱海は坂が多いことでも知られていますが、
坂道にそって発達した商店街は
美しくディスプレイされたり、通りもすっきり整備されて
 



(イルミネーションが点灯するととてもきれい)
 


熱海ならではの風物詩も楽しめました。
 




温泉まんじゅう屋さんの蒸気仕掛けのディスプレイは
残念ながらこの日は修理中でした。




 
お昼時だったので、
お寿司屋さんの前でメニューを眺めているサラリーマン風の人も・・・
お仕事ご苦労さまです。



横丁には、こんなめずらしい専門店もありました。
 




(その2に続きます)

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2011年02月08日

皇室ゆかりの家屋と庭園

皇室ゆかりの家屋と庭園



映画に出て来るような
古式ゆかしい日本建築のたたずまい。







ここは、御殿場市(大学のある三島市から車で30分ほど)にある
秩父宮記念公園です。
昨年12月末頃に行ってきました。

秩父宮様と同妃勢津子様が過ごされた御殿場別邸を、
平成7年に薨去された勢津子様の御遺言により平成7年に御殿場市に遺贈
その後、市が整備して平成15年に秩父宮記念公園として一般公開がはじまりました。
 


公園入口の門から、美しく整備された木立を抜けると
この建物、記念館、そして
趣味で楽しまれた陶芸の窯場、500坪もの農園で構成される
かなりスケールの大きな公園です。
 






この冬の時期は、2000株植えられたクリスマスローズが
12月〜4月まで楽しめるそうです。
 



 
農園内にはこんなめずらしいものも・・・
これはクレマチスの棚なのだそうですが、
もう大分傷んでしまったので、取り壊してあたらしいものに変わるそうです。


 
宮様が趣味で楽しんでらした陶芸の工房です。
 








この小屋の半分は、農作業に使われた道具をしまってあったようです。
何に使われたものか、みなさんわかるでしょうか。
 





 
そして、
作業している人に時を知らせる鐘が農園のほぼ中央に据えられていました。