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2014年10月

2014年10月28日

夢舞台・東海道道標と松並木

東海道ウォーキングを楽しむ人にとって
静岡県内で頼りになる道標といえば、
「夢舞台・東海道道標」です。



2001年の東海道四百年祭の時に、
静岡県内22宿場への案内として随所に建てられたものですが、
一本の道標に様々な情報が詰まっています。

全体像は



上部には東京(江戸)ー京都間のどの辺りに位置するかを示すグラフがついていて



そして観光案内と



宿場町までの距離が記されています。



この道標がある清水町長沢の松並木は
江戸時代(1604年)に五街道をはじめとして主要な街道の両側に植えられた当時のもので
距離的には50メートルも残っていないくらいですが、
松はとても大きく、堂々たるものです。



画面中央が遠くから眺める松並木です。
 

 
近づくと、こんなに太くて立派です。
 


夏は木陰を作り、冬は積雪を防ぎ、道ゆく人を守るのが目的で整備されたそうですが、
今は保存樹木として大切に管理されています。







今では知る人も少なくなりましたが、
この道は、三島から沼津まで路面電車も走っており、
昭和の中期くらいまでには、
こちらの黄瀬川を渡る橋に向う坂道にも
松並木が長く残っていたそうです。



街道沿いの松が当時の東海道を偲ぶことのできる
数少ない史跡として大切に保護されています。


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2014年10月24日

もうひとつの柿田川 〜柿田橋記〜

 
三島市の近隣、清水町にある柿田川は
しばしばテレビなどのメディアでも取り上げられ
一年中たくさんの観光客で賑わいますが、
今日は少し下流へ下った裏側から尋ねてみました。
 

 

 
水位観測器がつけられている階段を下ると、
 

 
川というよりも透明な湖のような柿田川の川面へ出られます。
 

 

 
今の柿田橋も下から臨むとこんな風です。
 

 
実はこの柿田橋の向こうに、古いめがね橋として作られた
もう一本の柿田橋があるのはあまり知られていません。
 
これが、寛文11年に作られた最古の柿田橋の姿です。
 
▼上流から見た柿田橋
 

 
▼下流から見た柿田橋
 

 
今は草むらのようになっていますが、
近づいてみると石造りの橋で
橋の幅は人がやっと擦れ違えるくらいの狭さです。
 

 

 
上からみるとこんな姿です。
 

 
柿田川の隣にある柿田橋記という碑文によると、
深い地隙の谷の柿田川には道もなかったので、
寛文11年(1671年)、僧侶が托鉢して集めた資金で
このめがね橋が作られたのが最初であることが記されています。
  
それでも、坂が険しく橋が危なかった事から
人や馬が多く川に落ちて命を落とし、
両岸に暮らす人々がこれを憂いて供養塔をたてる程だったので、
 

 
その後明治17年(1884年)になって木橋が架けられました。
すると、
今度はその橋の維持策がなくて、朽ちて道が廃れてしまった。
 
そこで
昭和6年にこの地の久保田隆作氏が巨額の資金を投じて、
鉄筋コンクリート作りの橋を完成させたということです。
 
久保田氏の胸像と柿田橋記
 

 
『最初に橋が出来てから実に260年かけて初めて交通の安全を得た』
としめくくられている碑からは
交通の要所を隔てる碧水美しい柿田川を相手に、
実はかなりの苦労があったことが偲ばれます。
 

 

 

 
こちらの柿田川を尋ねるには、
清水町役場隣の小さな町営駐車場が便利です。
 

 

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2014年10月20日

二つの一里塚

本県に隣接する神奈川県から
箱根を越えて旧東海道を車で下って三島を目指すと
思ったよりもずっと早く市内まで到着します。
 
様々な言い伝えや昔ばなしとともに、
東海道の名残が随所に残っているのも三島市の魅力です。
 
この日は三島市の近隣市町にあたる清水町に
一里塚を尋ねてみました。
 

 
高札によると、
一里塚は慶長9年(1604年)江戸時代に築かれた道標で
一里ごとに道の両側に半球状に土盛りをして
頂上に榎の木を植えたものが標準形だったそうですが、
この宝池寺の一里塚は当時の定めに忠実に
昭和60年に復元されたものです。
 

 

 
この一里塚と対になっているのが
道を隔てて向い側にある玉井寺の一里塚です。
こちらは
その半球状の土盛がわかりにくくなっていますが、
昔のままの形を今に残している貴重な一里塚です。
 

 

 
現在の一里塚は三叉路で、やはり交通の要所です。
 

 
先に紹介した宝池寺一里塚は
寺の境内に「立場」と呼ばれた茶屋があって、
道行く旅人に湯茶のサービスをしていたと伝わっています。

立場のあった、宝池寺の境内です。
 

 

 
玉井寺と宝池寺
 

  

  
道の両側ふたつの寺に備えられた一里塚です。
 

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