Calendar

カレンダー

loading ...

Category カテゴリー

New entry 最近の投稿

New comments 最近のコメント

Aechives アーカイブ

Search

Blog内検索

« 2014年01月 | メイン | 2014年03月 »

2014年02月

2014年02月27日

川原ヶ谷あたり(新町橋界隈など)

東海道五十三次三嶋宿の出入り口として
多くの旅人が渡っていた新町橋の界隈には、
当時の風習が偲ばれる旧跡が残っています。
 
 
<無縁法界地蔵尊>
 
新町橋から富士山を背にして川沿いの道を眺めると、
右側、一本の大樹の下に、お地蔵さまがお祀りされています。
 

 

 
無縁法界地蔵尊と呼ばれるこのお地蔵さまは、
江戸時代、重罪を犯して晒し首となり、
引き取り人の出て来なかった者の霊を慰めるという目的で
安置され供養されたと伝わっています。
 
東海道を往来する人々への見せしめとして
宿はずれとなる新町橋の近くに獄門台があったことから
この橋が人の往来の多い交通の要所であったことがわかります。
 

 
 
<鞍掛け石>
  

 
足利義詮の墓があることで知られる川原ヶ谷宝鏡院への入口に残っている
高さ50センチほどの石で、
馬に乗る時に足場として使われ、馬乗り石」と呼ばれていました。
 
こちらは道の反対側に残った石です。
鞍掛石は両側に一対残っています。
 

 

 

 
 
<笠置き石>
 
宝鏡院の境内にある、旅人が傘を置くのに使ったことから
そう呼ばれている石。
(三島七石に数えられています)
 

 

 
東海道を行き交う人々の所作や様子が偲ばれる
新町橋界隈です。

投稿者: |

2014年02月24日

もう一枚の三島宿

江戸時代の浮世絵作家
歌川広重(安藤広重 1797年ー1858年)の
東海道五十三次に描かれた三島です。


(Wikipediaより)

現在の東海道は県道22号線
鳥居を意識して同じように撮影してみると
こんなかんじでしょうか。



この三嶋大社前から東に約500mほど行ったところに
「新町橋」という橋があるのですが、
この橋と富士山の雪景色が
「東海道五十三次三島狂歌入り佐野喜版」に描かれています。



現在の新町橋とそこに設置された案内版です。
ここからの美しい眺めは、
現在でも「三島市眺望地点」のひとつに指定されるほどで、
晴れた日は富士山の眺めが美しい場所です。




 
春霞みで少し見えにくいですが、
中央の木の向こう側に富士山が見えています。


 
橋の中央には、東京と京都までへの道のりを刻んだ銅板が埋め込まれています。





東海道の要所であるこの橋は多くの旅人が渡っていたとみえて、
実はこの新町橋の界隈には、古の風習が忍ばれる名残がいくつか残っています。
(次へ続く)

新町橋までは、
三島駅南口5番乗場から沼津登山東海バス「元箱根港行き」に乗り
「新町橋」下車(三島駅約7分下車徒歩1分)です。

投稿者: |

2014年02月18日

東駿河湾環状道路を走ってみました。

生憎の曇天でしたが、
今月11日に全線開通した「東駿河湾環状道路(伊豆縦貫自動車道の一部)」を
三島市内から伊豆の国市(旧伊豆長岡町)まで走ってみました。

市内の名所、旧東海道の道筋である松並木を
一路箱根方面へ向います。
 

 
松並木が途切れるとすぐ、
直進する国道一号線と十字路になる形で、
伊豆縦貫自動車道の入口が見えてきます。
 

 

 

 
途中、いくつか三島市内への降り口もあり、
これまでよりもずっと移動が便利になりました。
 

 

 

 
隣町函南町までは、余裕をもって走っても5分とかかっていません。
 

 
そして、東駿河湾環状道路からそのまま直進で伊豆中央道へ入れます。
(下田へと続く新しく整備される何本かの道路を総称して
伊豆縦貫自動車道と言います。)
 

 

 

 
伊豆中央道路の料金所です。
 

 

 
三島市内の箱根登り口から伊豆の国市の伊豆中央道へ乗って
一番最初のドライブインまでゆっくり走って15分でした。
 

 

 
伊豆の国市は菜の花畑が満開でいちご狩の真っ盛り。
本当に短時間で伊豆へ入れるようになりました。
 

 

 
最初に修善寺道路が開通したのは平成4年。
伊豆南端の下田まで全線開通するのは平成30年代半ば。
四半世紀かけて完成する(予定の)、
総距離約60kmの高規格幹線道路です。
 
この道路が全線開通すると、
経済活動はもとより、医療福祉面でも
飛躍的に伊豆の生活環境が改善されることが期待されています。
 

投稿者: |